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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

#029 田川後藤寺駅

JR日田彦山線/後藤寺線/平成筑豊鉄道糸田線

  かつて炭坑で栄えた筑豊地区には、その輸送のための鉄道路線が縦横無尽に引かれていました。その多くが国鉄末期に淘汰され、JR線として残るは筑豊本線と日田彦山線、後藤寺線だけ。そのほか旧伊田線、糸田線、田川線が第三セクター平成筑豊鉄道として残ります。
  そのうちの日田彦山線、後藤寺線、平成筑豊鉄道糸田線が接続するのが田川後藤寺。後藤寺線は筑豊線新飯塚までの13.3kmの路線ですが、ほとんどの列車が線内で完結する運用です。従って、田川後藤寺駅は多くの路線が交わるものの、実質上ただの「乗換駅」という感じです。
  田川後藤寺駅の構内は広いものの、線路が間引かれてやや不自然さを覚える構造です。この駅に限らず、昔の名残で妙なスペースが残っている駅が、筑豊には多くあります。

日田彦山線の列車が発着(02.8.5)
後藤寺1

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#028 中津駅

JR日豊本線

  大分県の北端に位置する中津市の中心駅。ここから山岡川を渡ると福岡県に入ります。もと中津城の城下町で、一万円札の人、福沢諭吉の出身地です。
  速達タイプの「ソニック」を含め、すべての特急が停車します。小倉~大分間の速達ソニックの停車駅は中津の他は行橋・別府だけであり(昔の特急は行橋通過していたが、それでも中津には停車していた)、この区間において中津の重要度は高いほうだといえます。また、小倉方面からの普通列車の多くがここ中津止まりとなっており、北九州都市圏の南限という感じでもあります。
  写真は、ちょうど国鉄がJRに替わった1987年に4月1日に撮影したものですが、当時すでに高架駅となっていました。柳ヶ浦や宇佐と比べて停車する列車が多いので、父の実家への帰省時にはここ中津を利用することもありました。

JR化当日の特急「にちりん」(87.4.1)
中津1

#027 宇佐駅

JR日豊本線

  宇佐神宮、国東(くにさき)半島の玄関口。駅舎は宇佐神宮を意識して柱は朱色、「神社風」の飾りも付けられ、夜には大仰にライトアップされていますが、もとが鉄筋コンクリート造りの建物だけに、とってつけた感が否めません。
  宇佐市の中心駅の扱いを受けてはいるものの、位置的には市の外れで、市街地からも離れており、駅周辺は田園地帯。駅前を国道10号が通っています。特急は、速達タイプでない「ソニック」が停車します。また、小倉方面からの普通列車の多くがここ宇佐どまりとなります。
  ちなみに、私の父の実家は宇佐市の山奥であり、帰省時には柳ヶ浦を利用することが多かったのですが、祖父が宇佐駅近くの病院に入院していた際には、ここで下車して立ち寄ったことがあります。

神社風の駅舎(05.8.29)
宇佐1


日本の「USA」
宇佐2

#026 別府駅

JR日豊本線

  別府は日本一の湧出量を誇る、あまりに有名な温泉地。別府湾に面した風光明媚さと交通の便利さ、間欠泉の「地獄巡り」など、観光地としての条件をとりそろえた地です。しかしそれゆえに、大きくなりすぎた俗的な観光地という印象も受けます。
  駅は立派な高架駅。駅前はきらびやかな繁華街で、観光客でにぎわっています。

近代的な駅(05.8.29)
別府1


  熊本・人吉方面への「九州横断特急」、由布院・博多方面への「ゆふ」「ゆふいんの森」がここから発着します。また、かつて日豊線を走り抜いた特急「にちりん」が、今では大半が別府~南宮崎・宮崎空港間の運転となり、小倉方面への特急「ソニック」と接続。大判時刻表ではわざわざ、「別府駅で同一ホームで接続」と注記されています。
  このように、特急列車が県庁所在地の大分ではなく、別府を中心に運行されているというのが、観光都市としてのこの街の存在感の大きさを物語ります。

列車運用の拠点だけあって、構内は広々
別府2


駅に入る特急「にちりん」。別府タワーをバックに(06.8.2)
別府3

#025 由布院駅

JR久大本線

  由布岳の麓の盆地に位置する湯布院温泉。「湯布院」という表記はもともと、「湯平」と「由布院」が合併して「湯布院」町となったことが由来。湯布院町は2005年の合併で「由布市」となったものの、温泉のイメージからか目にするのは大抵「湯布院」の表記なので、「由布院」の駅名にはいささか違和感を覚えます。
  温泉地としては文字通り別府の陰に隠れる存在だった湯布院が、自然に囲まれたその立地を逆手にPRし、今や全国区の知名度に。NHK朝の連続ドラマ「風のハルカ」の舞台ともなりました。手を広げず、「芸術の町、癒しの地」のイメージを保とうとする湯布院は、歓楽街色の強い別府とは、由布岳を隔てて対極にある存在です。
  JRもその湯布院をバックアップするかのように、観光特急「ゆふいんの森」や「ゆふDX」を走らせています。ひときわ目を引く黒い木造の駅舎は、有名な建築家の手によるものだそうで、ギャラリーやホールを併設し、湯布院の玄関口に相応しいものとなっています。

由布院駅舎(91.8.20)
由布院1


特急「ゆふいんの森」
由布院2


緑の方は「トロQ列車」(06.8.2)
由布院3

#024 日田駅

JR久大本線

  江戸幕府直轄のいわゆる「天領」として栄えた日田。地図で見ると、小倉・博多・熊本・大分を結んだ四角形のど真ん中に位置し、ここを天領に選んだ幕府の思惑に、なるほどなと気づかされます。

日田3


  三隈川(筑後川上流)の流れる盆地に位置するので、福岡県寄りに思えますが、実際は大分県内です。
  駅南の三隈川沿いには日田温泉があり、北の豆田町には豪商たちが造り上げた立派な町並みが残ります。

駅前には「日田温泉」の文字が(02.8.5)
日田1


  商都として繁栄し、水運も盛んだった日田ですが、今も日田駅には特急がすべて停車し、日田彦山線の列車もここから発着。由布院と並んで、列車運用の面でも観光の面でも久大線の一大拠点となっています。
  写真は、2002年当時、改札前にあった白抜き幕タイプの列車案内板。九州ではよく見られたタイプですが、ディスプレイ型のものに置き換えられて、めっきり見かけなくなってしまいました。

日田2

#023 夜明駅

JR久大本線/日田彦山線

  久大本線を久留米側から筑後川に沿って東進してゆくと、やがて筑紫平野が尽きて谷が狭まり、福岡から大分県に入って最初の駅が夜明です。なお、筑後川は大分県に入ると三隈川と名を変えます。
  筑豊方面からやってきた日田彦山線との接続駅ですが、交通の要所というよりは、単に合流点上にホームがあるという感じの駅で、日田彦山線の列車はすべてそのまま日田へと直通します。久大線の特急「ゆふ」「ゆふDX」「ゆふいんの森」は停車しません。

右にカーブしているのが日田彦山線(02.8.5)

夜明1


  それでも、谷間の閑静な雰囲気と、小さくも古めかしく味わいのある駅舎、そしてこれから明るくなってゆこうかというイメージの駅名とがあいまって、なんとなく印象に残る駅です。

山間の駅舎と久大線列車(02.8.5)
夜明2

#022 久留米駅

JR鹿児島本線/久大本線

  鹿児島本線と久大本線の分岐点となる要所。鹿児島線の「リレーつばめ」「有明」、久大線の「ゆふいんの森」「ゆふ(DX)」など、特急はすべて停車します。
  私の旅行の中ではいつも通過点となってしまう駅ですが、2002年夏に訪れたときはちょうど花火大会が近くで催されていて、列車もホームも大混雑。大変な思いをしましたが、ホームから花火を見ることができたのは、得難い経験でした。

特急「有明」と花火(02.8.5)
久留米


  なお久留米には、九州新幹線の駅が設けられる予定。博多~熊本間で、鹿児島本線の既存駅に新幹線駅が併設されるのはここだけとなります。(このほかでは、船小屋駅が移転して併設駅となる模様。)その準備のため、駅構内では工事が行われています。

工事中のホームを出発する「ゆふいんの森」号(06.8.2)
久留米2

#021 銀水駅

JR鹿児島本線

  大牟田から博多側へひと駅。駅構内にも周囲にもこれといった特色のない駅で、特急・快速は停車しませんが、にもかかわらず熊本方面からの普通列車の多くが、ここを折り返し点としています。何らかの歴史的過程があるのかもしれません。(ただし、06年3月改正以降は、銀水折り返し列車は夕方以降にほぼ限定されています。従来、日中銀水で折り返していたワンマン列車の多くが、鳥栖まで乗り入れるようになったためです。)

出発を待つ折り返し電車(05.8.29)
銀水


  横を西鉄線が走っていますが、JRに対する対抗意識からか、接する駅はなく、「西鉄銀水」という駅が数百メートル南にあります。

脇を通過する西鉄特急
銀水2

#020 大牟田駅

JR鹿児島本線/西日本鉄道

  鹿児島本線を熊本側から福岡県に入った最初の駅が大牟田。比較的規模の大きな駅で、特急も、速達タイプの「リレーつばめ」を含めて全てが停車します。博多方面からの普通電車は大牟田もしくは1つ南の荒尾までの運転、一方熊本方面からの列車は大牟田または1つ北の銀水までのものが多く、ここ大牟田が実質的な「境界点」となっています。

813系 大牟田発門司港行き普通電車(05.8.29)
大牟田2


  ここは西日本鉄道(西鉄)本線の終点でもあり、JR駅と西鉄駅が並んでいます。大牟田から銀水の先あたりまで、鹿児島本線と西鉄線が併走し、列車のデッドヒートが見られることも。
  JR駅のホームには、下写真のような昔ながらの丸時計と駅名標が。このような方向を向いた時計とは珍しいものです。

大牟田1

#019 植木駅

JR鹿児島本線

  熊本から大牟田へと向かう途中、鹿児島線は田原坂を越えますが、その熊本側に位置するのがこの植木駅です。
  駅舎はこぢんまりしていますが、それに比して駅構内は広く、ホームも長い。特急列車の停車はなく、ワンマン短編成の普通電車がここに停まると、明らかに持て余してしまいます。
  周囲は田園地帯で、駅前には数軒の店舗や町工場があるものの、閑静な雰囲気。その静寂さを破るかのように、特急「リレーつばめ」「有明」が轟然と通過してゆきます。

簡素な駅舎(05.8.29)
植木1


ホームに入る普通電車(05.8.29)
植木2

#018 熊本駅

JR鹿児島本線/豊肥本線

  熊本の名目上の中心駅。とはいえ、地理的には「中心」から外れています。これは、鹿児島本線そのものが熊本市街地の西端をかすめるように通っているためで、市街地は豊肥本線に沿って広がっています。このため、博多からの特急「有明」の多くが豊肥線を介して水前寺、光の森方面へ乗り入れます。
  それでも交通の要所であることは確かで、寝台特急「はやぶさ」「なは」の終点であるとともに、豊肥線「九州横断特急」、肥薩線人吉へ向かう「九州横断特急」「くまがわ」、また宇土から三角線に入る列車などが発着します。なお、豊肥線の列車は、八代方に位置する行き止まり式の0A,0B番ホームから発着します。
  写真は89年当時、急行「くまがわ」が停まる熊本駅1番線。右奥にブルートレインの姿が見えますが、当時駅西側には車両基地が広がっていました。

熊本1


  2005年8月現在、基地は移転して線路は撤去されていました。ホームの屋根の重厚さに歴史を刻むこの駅も、九州新幹線開業の折には高架駅になるとのことで、駅の様子も大きく変容することでしょう。

古めかしいホームから、新型電車が発着(05.8.29)
熊本2


豊肥線列車の発着する0A・B番ホームにて、「あそ1962」(06.8.1)
熊本3

#017 立野駅

JR豊肥本線/南阿蘇鉄道

  豊肥本線を熊本側からたどると、非電化となる肥後大津あたりから阿蘇の外輪山にさしかかり、ここ立野でその中腹に達します。展望台を備えた駅舎が立ちます。

こぢんまりした駅舎(05.8.29)
立野1


  この先、阿蘇・宮地方面に向かうのに、直進するには勾配がきつすぎるため、豊肥線はいったん熊本側に折り返して勾配を駆け上がり、そこからカルデラに向けてさらに登ってゆきます。

立野3


  この2段スイッチバックがあるため、豊肥線の列車は「九州横断特急」を含め、すべてが立野で小休止を挟みます。

スイッチバックで折り返す列車(05.8.29)
立野2


  ここ立野からは、旧国鉄高森線から第三セクター化された南阿蘇鉄道(宮地~高森)も発着します。阿蘇南方のカルデラを進む鉄道で、トロッコ列車も走ります。高森線はその先、高千穂線(高千穂~延岡)と直結される構想でしたが、実現せぬまま高千穂線も第三セクター化、そして2005年台風14号の被害を受けて廃止が決定し、夢は潰えました。

南阿蘇鉄道のトロッコ列車(06.8.1)
立野4

#016 宮地駅

JR豊肥本線

  阿蘇のカルデラ内に位置する宮地。南側では阿蘇の本山が煙をあげ、周囲には外輪山が屏風のようにぐるりと連なる独特の風景です。駅舎は、阿蘇神社が近いことにちなんだ社殿風の外観。

駅舎(05.8.29)
宮地1


  駅の規模自体はさして大きなものではありませんが、熊本・肥後大津方面からの普通列車の大半がここで折り返しとなり、「九州横断特急」も停車します。
  熊本からのSL観光列車「あそBOY」の折り返し駅でもありましたが、SLは老朽化に伴って2005年8月で運用を終え、訪問当日は写真右側のディーゼル機関車が代役を務めていました。(左側は普通列車のキハ200)2006年夏からは、キハ58系をリニューアルした「あそ1962」が後釜として活躍しています。

宮地2


  ちなみに、駅を出た正面の交差点から先、まっすぐに伸びる道路は、(別府~)由布院~久住高原~阿蘇に至る「やまなみハイウェイ」。豊肥本線のお株を奪った九州横断道路のハイライト区間ですが、その終点が駅の前というのも面白いものです。

黄色いキハ125が出発を待つ(06.8.1)
宮地3

#015 豊後竹田駅

JR豊肥本線

  一気に大分中部へ飛びます。
  谷間に位置する豊後竹田(ぶんごたけた)駅は、武家屋敷をモデルにしたと思われる駅舎で、絶壁をバックに堂々たる構えです。ホームには、「荒城の月」が流れています。作曲者の滝廉太郎は、竹田にある豊後岡城をイメージしてこの曲を作曲したとのこと。岡城は難攻不落で知られた城だったそうですが、明治維新で廃され、その荒れた姿が曲のモチーフになったようです。
  大分発の普通列車の多くがここ豊後竹田止まりとなり、この先阿蘇方面へと向かう列車はわずかです。特急は、豊肥線~肥薩線を走りとおす「九州横断特急」4往復すべてが停車。

豊後竹田駅舎(05.8.29)
豊後竹田1


ホームに停まる九州横断特急
豊後竹田2

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