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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

[日記] 最後の?三木鉄道乗車記(2)

  列車は厄神へ。着いたホームには、列車を待つものすごい人。1両分のスペースに人が集まっているために多く見えるというのもありますが、とにかく厄神駅では見たことのないような人出です。ホームには警備員が立ち、ひしめく利用者を押しとどめています。

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  列車はまず、ここまで乗ってきた乗客を皆降ろします。三木駅で買った往復乗車券には、日付入りのスタンプが押されました。ホームの客を待たせたまま一旦ドアを閉め、点検後ようやくドアオープン。その間に、接続したJR加古川線の電車は足早に出発してゆきました。

  折り返しの列車が去ると、ホームには警備員の他ほとんど人がいなくなり、本来の厄神駅の姿に戻ります。私はせっかくなので、1時間後の列車まで、沿線を歩いてみることにします。車ではたびたび来訪している場所ですが、こうして歩いて巡るというのはまた新鮮です。

  昔ながらの町並みの残る国包(くにかね)。集落を貫く県道は幅が狭いのですが、4月から運行を始める代替バスのバス停が既に置かれています。カプセル駅の元祖といわれる国包駅は、飾り付けがなされているものの、相変わらず薄汚れた建物です。

  さらに県道を進み、宗佐の信号で左折すると、道路が線路の上をまたいでいます。ちょうどこのあたりが加古川市と三木市の境目に近く、線路は切り遠しを進む格好。唯一、頭上から列車の走行を見られるポイントです。

  そこから下って宗佐駅へ。ここで上り列車を待ちかまえます。切り通しの陰から、カーブを曲がって姿を現す列車。見る側にとっては一番面白い構図です。

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  国包駅に戻って、さっきの列車が折り返してくるのを待ち受けます。乗客は三木→厄神で乗ってきた列車より若干多く、通路の行き来は困難な状態。列車は車体を揺らしながらゆっくりと進み、ほとんど乗降はないまま三木駅に。

  下車時には、さきほどスタンプを押された切符に、新たに「三木」という判が押されました。(文具屋で買ってきた、三木さんのシャチハタという感じの判子です。)これでとりあえず、この切符は失効ということになります。

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  三木駅界隈では、相変わらず写真を撮ったり、駅舎を眺めたり、おみやげを買ったりという光景。私としての目的はこれで達せられたものの、なんとなく名残惜しさがぬぐえず、出たり入ったりを繰り返し、列車の出発を見送ったのち、市街地を巡ってまた駅舎へ。

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  結局、17時半ごろまでとどまった後、バイクに乗って家路に就きました。
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[日記] 最後の?三木鉄道乗車記(1)

  3月27日(木)、午後の時間が空いたので、三木鉄道沿線へ。週末は暇が無く、天気も悪そうなので、これが最後と覚悟しての訪問でした。

  今回は原付で三木駅へ。いつもは車で行くのですが、置き場をあまり気にしないで済むバイクの機動力は、こういうとき効果を発揮します。

  まずは沿線で撮影を・・とシャッターを切る。我ながらなかなか、と思ってカメラを見ると、「CFカードが入っていません」。・・・orz

  カードを家に取りに戻って仕切り直し。

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  ここの桜が咲けば最高なのですが、どうやら廃止に間に合いそうにありません。東京の桜は満開だと言うのに・・

  列車に乗るべく、三木駅に移動。駅前はかなりの人出。

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  三木駅での列車の折り返し時間は約30分。駅や列車を眺めて、おみやげを買うにはほどよい時間です。駅待合室ではキーホルダーや写真集、DVDなどグッズの販売中。こちらも賑わっていました。

  列車には既にかなりが乗り込んでおり、ホームでは撮影する人々が多数。そしてこんな横断幕が・・・

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  駅窓口で、硬券の「往復乗車券」(500円)を購入。2色刷で車両の写真がモノクロという、昔の印刷風の切符です。往復使ったかどうか、どうやって判断するのかしらと思いつつ車内へ。

  14:37発の列車は、立ち客を含めかなりの入り。ガラガラが日常だった従来の光景からすると驚異的とはいえ、まだ1両でも事足りるレベルの数です。介護施設から連れだってやってきたとおぼしき人たちも乗車していました。

  沿線には撮影や見送りの人の影。しかし先日の「なは・あかつき」フィーバーなどと比べれば、まだまだ落ち着いたものです。別所、石野といった古風な駅には、特に撮影者が多い。介護の団体さんは宗佐で下車してゆきました。おそらく三木駅まで連れてきた車が、宗佐で迎える格好だったのでしょう。

  (続く)

[日記] 紀行作家の見た三木鉄道

  三木鉄道廃止まであと6日。今日は天候もよく、平日にもかかわらず、沿線の人出はかなりのものになってきました。本格的カメラを構える「その道」の人々から、地元の子連れや年配の方々まで様々です。また、並行する県道を歩いて辿る人も多いようです。

三木駅の人出
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  さて、「時刻表2万キロ」などの著書で知られる紀行作家の故宮脇俊三氏の、「車窓はテレビより面白い」という本の中、「兵庫県の鉄道あれこれ」の項に、三木鉄道の乗車記があります。1986年11月21日、すなわち転換後1年半ごろの話です。

  内容をかいつまんで紹介すると、

  第三セクター鉄道は地元の支援や合理化で善戦しているケースが多い中、三木鉄道は加古川線への直通ができなくなったことなどが災いして、国鉄時代よりさらに客が減っている。(厄神には厄よけの宗佐八幡があるが、三木鉄道の不況を聞けば厄(わざわ)いの神とも読める、と。)

  厄神11:50発のレールバスに乗車。客は氏を含めて5人。床下から突き上げるような振動が伝わってくる。

  転換(氏は「民営化」と呼んでいる)にあたって努力はなされており、途中駅は3つから7つ、本数は13往復から19往復になっている。だが新設駅での乗降はなし。

  三木駅前広場は往年の鉄道駅にふさわしいが、町はずれにあるのが不利。中心部にある神戸電鉄三木駅の活況を見て判官贔屓の気持ちになり、三木鉄道に引き返す。

  三木駅12:32発に乗る。車両も運転士もさっきと同じ。客も6,7人。


  宮脇氏はこのあと神戸市営地下鉄に乗車し、北条鉄道や三木鉄道と比較して、これから先の日本の人口分布はどうなるかと怖い気持ちになった、と締めくくっています。今こうして見返すと、23年間本質的に変わらなかった三木鉄道の姿を、その1度の訪問でしっかり描写されていたのだと、改めて感服させられます。

[日記] 三木鉄道最後の日々

  「なは・あかつき」が去り、そうこうするうちに、私の地元では三木鉄道の廃止があと10日ばかりに迫りました。

  さて、ここ数日、拙サイト「トラベラーズ ノート」のアクセス数が増えており、通常40-50台のところが70を超える日も出ています。サイトで三木鉄道を扱っていることもあり、その影響かと思っていましたが、今日たまたま「三木鉄道」をgoogleにて検索すると・・ →検索結果

  なんと、「Wikipedia」の次に、TNの三木鉄道ページが入っているではありませんか。道理で・・

  その次には、三木鉄道写真集を自費出版された稲継泰朗さんの、Amazon該当ページが入っています。私もこの写真集から大いに刺激を受け、拙サイトでも写真集をアップしているのですが、すべての面で、特に「思い入れ」という部分において、とうてい及ぶものではなく、私の方が上に来ているということに恥ずかしい思いもします。

  しかし、三木鉄道専門でもない私のサイトがこんなに上位に来ているという事実は、三木鉄道を扱ってきたサイトの少なさを物語っており、寂しさも覚えます。そうなるとなおさら、自分として発信できるものはしてゆかねば、という気持ちにもなります。

  ちなみに、3月10-12日にかけて、私はYouTubeに3つの動画をアップしました。(私の動画一覧。)同時期に公開した3つの中で、一番アクセスが多いのがやはり「なは」で、新幹線がその約半分、三木鉄道の動画は最少です・・。

[日記] 今度こそ最後の・・

  2日前に「これが最後」と思って見送った「なは・あかつき」。その時点の天気予報で、金・土の天気が悪いと予想されていたことや、もう撮影はできたことだし、最終日にまで見物しに行くのは野次馬のようでかえって安っぽく思えたことから、13日の時点でこの列車とはお別れを果たしたつもりでした。

  しかし、14日になって、いよいよもう後がないんだという実感が湧くにつれ、やはり最後はきちんと見送っておかねばと思い直し、本日15日、熊本・長崎から京都へ向かう上りの「なは・あかつき」を見に、明石の朝霧まで車を走らせました。

  大久保へ向かった先の2回は、天気は良かったものの黄砂の影響か空がかすんだ状態で、赤い朝日が柔らかく空を染めていましたが、雨上がりの今日は空が澄み、昇った太陽が黄金色に輝いていました。

  私が時々写真を撮る朝霧駅近くのポイントには、既に15人ほどの人がおり、カメラを構えていました。私はそこには加わらず、他にだれもいない場所で列車の通過を見送ることにしました。一応カメラは持って行っていましたが、あえて撮影するのはやめて、フェンス越しに通過を見守ります。

  列車が現れたのは午前6時40分過ぎ。定刻(といっても、15日からの時刻表に既に「なは・あかつき」のダイヤはないので、それ以前のダイヤにおける定刻)よりは少し遅れていたようです。列車は客車特有の軽い足音を響かせて、私の目の前をゆったりと通り過ぎてゆきました。満員の車内の乗客の皆さんは、車窓右手、朝日に輝く明石海峡大橋に見とれていたことでしょう。

  遠ざかる「なは」のテールエンド。今度こそ最後の姿。この車両がそのまま廃車とされるのか、外国で活躍の場を与えられるのかは分かりませんが、いずれにせよ、関西と九州の間を幾度となく駆け抜けてきた寝台特急の歴史は、この日の列車をもって事実上終わりを告げました。(※東京~九州間の列車は残りますが、関西はほぼ通過点に過ぎないので、関西~九州間は全廃されたと言って問題はないでしょう。)

  今日はこの時期には珍しいほど、空の美しい晴天でしたが、その後いろいろ撮影しようという気にはなれず、明石海峡大橋の写真などを数枚撮っただけで帰りました。あまり意識はしていないつもりでしたが、こうしていなくなったときの虚無感を思うと、やはり自分にとって、この列車の存在は決して小さなものではなかったのだなと思います。

明石大橋080315

[日記] 暁に消える寝台特急、その名は・・

  「なは」「あかつき」。

  寝台急行「銀河」とともに、3月14日出発分をもって廃止となります。14,15日は天気が悪そうなので、今朝がラストチャンスとみて、早起きして撮影に出かけました。

  実は、昨日12日にも出向いたのですが、タイミングをミスして取り損ねたので、リベンジをかけての今日でした。割と間際に行って準備すると、先客に邪魔がられてしまったので、線路から離れての撮影。

なはつき1


なはつき2


  ちょうど日が昇ったばかり、文字通り「あかつき」の赤く染まった空の下を、列車は5分ほど遅れて通過。1月に乗車して別れを惜しんだ「なは」でしたが、今度こそその姿を見る最後の機会となります。

  なお、同じ事を考えてか、沿線にはそれなりの人出があり、人数は昨日よりも若干増えていました。14日の夜や、15日朝には、相当な注目度となることでしょう。

  この撮影の後、西明石駅へ出向いて新幹線の撮影。天気は良いのですが、黄砂の影響か、日差しが和らいでいるため、あまりコントラストが出ず、順光でも逆光でも、なかなかいいあんばいに赤く染まった新幹線が撮れました。

0系西明石


  この0系も、6月までには旧塗装化されて、現在のこの塗色は姿を消します。人が増えてから見に行くのは何かと気が引け、できれば間際の訪問は避けたい(「なは・あかつき」については、日が長くならなければ撮影できないので、やむなくぎりぎりになった)ので、機を見つけて日頃から撮ってゆきたいと思います。

[日記] 動画に悪戦苦闘

  ここのところ、ウェブサイトにおける動画の公開に凝っている私ですが、ただいま試行錯誤の繰り返しで、なかなか前へ進めないでいます。

  まずはエンコードの方法。MPEG形式のファイルをWMVにしてみたり、AVIにしてみたり、画質はどの程度に設定すればよいのかなど、やってみなければ分からない。しかも変換には結構時間がかかるので、なかなか思い通りになってくれません。

  とりあえずAVIではデータ量が大きすぎて使いにくいので、アップロード用はWMVへ変換するようにしたのですが、今度は縦横比率の問題が。現在使っているビデオカメラでは、ワイド画面モード(横:縦=16:9)で撮影しているのですが、普通にWMVに変換すると4:3になってしまい、妙に縦長な画像になってしまいます。これも試行錯誤の末、ようやく16:9のサイズにできるようになりました。

  今回、YouTubeにアップしたのは、こちらの映像。ここに行き着くまでに、3,4回アップと削除を繰り返しました(苦笑)。ただ、今回の件でだいぶ要領がつかめたので、今後は量産体制に入れると思います。

[日記] 旅日記に動画

  「トラベラーズ ノート」の「旅日記」にアップした「乗り納め 九州帰省」のページに、旅日記として初めて、動画をプラスしました。

  特に今回は、廃止となる「なは」や、N700系と0系、同じ線路の上を走るのも今年限りとなる新旧新幹線の乗り心地を少しでも「体感」していただきたく、車窓風景とサウンドをお楽しみいただければと思いました。4つのファイルがあり、それぞれ5MB程度あるので、ややロード時間がかかるかと思いますが、ご了承いただければ幸いです。(もう少し、画質を維持しつつ軽量化出来る方法がないだろうかと思案中です。)

  ダイヤルアップ主流の時代からウェブサイトを公開している私としては、こんなに動画がふんだんに使えるようになる時代が来るとは、考えられないことでした。当時は「1ページ、画像データを含めて30KBに収めましょう」などと言われており、小さな写真を数枚入れればもうアウト。サーバの提供容量そのものが2MBや5MBという時代でしたから、今回の動画1本さえも入らなかったことになります。

  現在のサーバは3GBの容量があり、「トラベラーズ ノート」全体でも、その7%ほどしか使用していません。それこそ、動画でもバンバン上げない限りは使い切れないほどのスペースがあるわけです。私のネット環境も、ダイヤルアップからADSL、そして光回線へと変化し、ページ上の画像がじわじわと出現する初期のインターネットが、今や懐かしくもあります。

  「You Tube」「ニコニコ動画」など、世間でも動画投稿サイトが一般的になり、私も「YouTube」に動画を上げているわけですが、一番人気はこちら。10ヶ月ほどの間に、16,000以上のアクセスを頂いています。同じ碓氷峠編でも、こちらの伸びはそれより鈍く、何がその違いを生んでいるのかと、不思議な気がします。

  「ニコニコ動画」は、当初「YouTube」に置かれた画像に字幕を重ねる方式でしたが、現在では独自のサーバを持ち、アカウント制がとられています。不特定多数からのリアルタイムの反応を得られるという点で注目されます。そのうちアップロードを試してみたいなという気もなくはないのですが、サイト運営に関してこれ以上手を広げたくもないので、当面その予定はありません。

[日記] 西明石にて

  3月15日のJRダイヤ改正を控え、最後の日曜となる今日、西明石駅まで出かけてきました。

  0系使用のこだま639号が、N700系ののぞみ99号、のぞみ1号に立て続けに抜かれる様子が見られるのも、改正まで。(改正後は姫路にて) ただ光の向きの関係で、うまく撮るのは難しく、今回は後方から狙ったものの、出来は今ひとつ。

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  次は700系のひかり号。当初、格好の悪い車両だと思っていましたが、だいぶ見慣れたというのと、N700の角張った顔が好きでないのとがあって、かえってこの靴の先のような姿に、愛嬌を感じる存在になってきました。

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  在来線ホームに移って見ていると、221系快速の後ろに、違う色の編成がぶら下がっている。221系と共通化された223系6000番台で、前面貫通扉部分にオレンジ色のラインが入っています。とっさの撮影だったので、逆光な上に変なところに柱が写りこんでいます・・

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  今回は、シーンとしては貴重ながら、写りがいまいちという、微妙な日になってしまいました。