FC2ブログ

トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

三木鉄道記念公園

  2008年に廃止された三木鉄道の三木駅前が、「三木鉄道記念公園」として整備され、この6月6日にオープンしました。なかなか足を運ぶ機会がなかったのですが(一度は来たものの時間外)、本日様子を見てきました。

IMG_9474.jpg

  踏切のモニュメントが立てられ、その背後に、三木鉄道ゆかりの品を収めた「三木鉄道ふれあい館」が。当初は、旧駅舎をそのままここに移築する工事が行われていましたが、結局それを模した建物に建て替えられたようです。

IMG_9471.jpg

  これまで旧駅前広場に発着していた代替バスは、ふれあい館前に設けられたロータリーに入るようになりました。

IMG_9475.jpg

  ふれあい館に隣接する「MIKI夢ステーション」は、もとの車庫を改築したもの。地元の特産品を販売するとのことですが、夕刻の閉館近い時間だったこともあり、あまり残っていませんでした。店内では土産物や総菜のほか、一般の食料品店のようなものも売られており、どんな利用者層を想定しているのかいまいち分かりにくいという印象。土産物も「この土地独特」というものがなく(もともと三木にこれといった特産品がないのですが)、何か目玉になるものが欲しいところです。

  ふれあい館のほうは、時間が遅めだったせいか扉が閉まっていて入れず。また別の機会に訪ねたいと思います。

IMG_9473.jpg

  ふれあい館の西側には、かつての荷物出荷場、三木鉄道時代には駐輪場として利用されていた部分の上屋が移築され、休憩所に。屋根裏のチョークの書き込みや「禁煙」の札など、昔ならではの雰囲気が残されています。ただし、傘つきの照明についているのは、電球形蛍光灯。このあたりはさすがに現代的です。

IMG_9477.jpg

  公園の西側はまだ工事中。ここを起点として、線路跡は遊歩道として整備されるようです。

----------------

  以下は、「広報みき」6月号に基づく、三木鉄道記念公園に関する情報です。

  「三木鉄道ふれあい館」(旧駅舎):地域の方々の活動拠点、また三木鉄道に関する物品や写真を展示。

  「MIKI夢ステーション」(旧車庫):惣菜、食品などを販売する農産物直売所や、地元産食材を使った食事処。直売所は火・水・金・土・日曜(10-17時)、食事処は金・土・日曜(11-15時)。野菜朝市土曜(10時-)。

  「出荷場」(駐輪場):当時の姿をそのまま残し休憩所とするほか、災害時の一時避難所として活用。

  「多目的広場」(8月オープン予定):グラウンドゴルフ・ゲートボール場、遊具を設置。
スポンサーサイト



悪あがき?

  野球などを見ていると、いつしか自分と同年代の選手が、中堅からベテランと呼ばれる世代になり、惜しまれつつ現役を退く人も出てきます。この歳まで現役でいられるのは、それなりに実績を積んできた人たちなので、彼らが引退するとなるとやはりそれなりに寂しいですし、自分もそういう世代として見られているのかと、身の引き締まる思いもします。

  それとともに、いかんせん自分の体も変化してきているのを、事ごとに感じるものです。「変化」というのは婉曲的な表現で、早い話が「衰え」ということです(苦笑) あまりこういうことを言い出すと、より年長の方々に叱られてしまいそうですが。

  それを身をもって痛感したのが、先日写真を撮りに出かけたときのこと。道端のガードレールを跨ごうと足を上げたところ、太ももにビキッと・・軽い肉離れのような症状で、軽いとはいってもしばらく身動きがとれず、ガードレールに跨ったままの情けない姿で、脂汗をかきながら立ちすくんでいました。

  もともと、私の運動能力はといえば惨憺たるもので、学生時代の体育の成績はほとんど「1」。担任が体育の先生だった時期に、温情で?「2」をつけてもらえたのが最高でした。そんななので自分から運動をしようという意欲はほとんどなく、これまでの自然の成り行きに任せてきたのですが、上げただけで足が攣(つ)るという惨状には、さすがに危機感を覚えずにはおれませんでした。

  というわけでそれ以来、スクワットと腕立て伏せで、ちょっとずつ体を動かそうとしているところです。多くをやろうとすると続かないのは目に見えているので、とりあえず毎日、前の日より少し回数を増やすことを目指して取り組んでいます。悪あがきかも知れませんが、やらないよりはましかということで・・

デジカメ時代の写真技術(2)

  特に一眼レフのカメラを使う際、考慮に入れるべきものとして「シャッター速度」と「絞り」があります。絞りとは、カメラに入る光の量を調整するもので、簡単に言えば、シャッター速度を上げたければ絞りを開放して、その瞬間に入る光の量を多くしてやる必要があります(逆も然り)。

  一方、絞りを開くと被写界深度(ピントが合っているように見える範囲)が浅くなるという特性があり、これを利用してピントが合っている部分以外をぼかすことができます。

手前のあじさいにピントを合わせ、背景をぼかしてみた
100624-(8).jpg

  シャッター速度と絞りは基本的に、カメラ側が適正な組み合わせをします。シャッター速度か絞りのどちらかを指定しておけば、そのときの明るさに応じてもう一方が決まります。

  しかし例えば、動くものを撮りたい場合、シャッター速度が遅いとぶれてしまいますが、辺りが暗くなると最大まで絞りを開放しても光量が不足し、十分な速度が出せないことがあります。

  そんなときもうひとつ、「ISO感度」が関係します。これは、フィルムがどれほどの光を記録できるかを示す規格で、数値が2倍になれば半分の光で同じ明るさ相当になります。つまり感度を上げれば、暗い場所でシャッター速度を上げることが可能になります。

  例えばデジタルカメラの普及する前、市販のフィルムはISO100か400が主体でした。ISO400は特にコンパクトカメラ向きとされました。一般にコンパクトカメラはレンズが暗く、手ぶれや被写体ぶれを防ぐ点で、感度の高いフィルムのほうが失敗が少ないからです。ただし高感度フィルムは粒子が粗いため、大きく引き延ばしたい場合など、画質が要求されるならば、低感度のフィルムが望ましい。

  デジタルカメラの場合は、フィルムの粒子とは若干理屈が違いますが、同様にISOの設定が可能です。フィルムだと1本使い切るまで感度を変えられませんでしたが、デジカメなら逐一設定を変更することができます。ですので、どうしても必要なシャッター速度が出せないときなど、そのときだけISO感度を上げてみることができるようになりました。

  ただしデジカメでも、感度を上げればそのぶん、画像にノイズが入ります。ですから、低感度で撮影するに越したことがないのに変わりはありません。

ISO200で撮影(撮ったものを無修正で切り抜き、リサイズなし)
081020-(15)-2.jpg

ISO800で撮影(同上)
080811-(19)-2.jpg

  というわけで、十分に明るく、画質を上げたい場合は低感度、周囲が暗く、画質を犠牲にしてもブレを防ぎたい場合などは高感度といった使い分けをすることになります。こうした調整が臨機応変にできるのも、デジタルカメラならではの特長でしょう。

あじさいの花

  しばらく、ぐずぐずとした天気が続いていましたが、今日は抜けるような快晴となりました。久々に見るぶんだけ、実に気持ちの良い青空でした。

  梅雨時期の花といえば、代表的なのは紫陽花[あじさい]ですが、思い起こすとこれまで、あじさいの花を撮ったことはほとんどありません。この天候の時期に、カメラを持ち出すこと自体が少ないためですが、これもこの季節だけのシーン。もったいない話です。

  実は自宅の庭先という、ごく身近なところに、あじさいの花がありました。まさに灯台もと暗し。

IMG_9454.jpg

  陽光を浴びて、葉っぱの色とのコントラストが映える。ただ、晴れた日のあじさいの花は、しおれているか、乾いてボソボソという感じがします。やはりこの花は、しっとり水気を含んでこそ引き立つのでしょう。

駅#086 有馬温泉駅

ありまおんせん:神戸電鉄有馬線

  1928年、当初有馬温泉への観光列車として開業した神戸電鉄の終点。のちに三田方面への直通が主体になったため、現在では有馬口~有馬温泉間が支線のような存在となっており、神戸市街と温泉地を結ぶという性格は薄れています。それでもシーズンには、多くの観光客がこの駅を利用します。

  有馬温泉は日本最古の温泉とされ、多くの貴人や文化人に愛されたといいます。特に太閤・豊臣秀吉は有馬が大のお気に入りで、たびたび訪れたとのことです。

  そんな由緒ある温泉街の玄関口となる有馬温泉駅。有馬口から山の中を単線の線路で進んできて、トンネルを抜けるとそこにホームがあります。立地的に限られたスペースの中に設けられた4両分ぎりぎりの狭いホームから、列車が折り返してゆきます。

ホームの先は切り立つ山
100503-(64).jpg

  駅舎も、小さいながら鏡張りの粋な建物で、2000年には近畿の駅百選・第一回の25駅のひとつに認定されています。(神鉄ではこのほか、第三回で粟生線恵比須駅が選ばれています。)当初「神戸有馬電気鉄道」を名乗った神戸電鉄のルーツとして、やはりこのあたりは力が入っているようです。

100503-(63).jpg

  駅前はすぐに道路となっており、その間にぎりぎり設けられた発着スペースに、タクシーや旅館の送迎車などが半ば無理矢理乗り入れてきます。温泉街の宿命で周辺道路は狭苦しく、人や車の往来も激しいので、慢性的に混雑しています。

川の両岸に温泉街が続く
100503-(62).jpg

  かつて有馬には父の会社の保養所があり、家族で何度か来たことがあります。当時自家用車はなかったので、有馬温泉駅まで電車に乗って、そこから結構な距離(子どもの足なのでそう感じたのかもしれませんが)を歩いた記憶があります。土産物屋で買ってもらった、炭酸せんべいの割れせん袋詰めが懐かしい・・。

  駅近くの交差点の脇に、噴水の広場があります。この噴水は水の裏に回れる構造になっており、20年以上も前にそこで撮った写真が残っています。

噴水そのものは今もそのまま
100503-(59).jpg

  この広場の隅には、温泉街を眺めるかのように、太閤の像が鎮座しています。

100503-(60)-2.jpg

夏至

  昨日は、2010年の夏至だったそうです。つまり昼が一番長い日。もっとも、梅雨のさなかのこの時期だと、あまり日が長いという印象を受けませんが、これをピークに今後は日が短くなってゆくと思うと、ああ2010年ももう後半か、と、いささか寂しさ(というより焦燥感)を覚えます。

  写真は、一週間ほど前に撮影した神戸電鉄。この「快速」は朝か夕方しか走らず、夕方の列車が撮影可能な時期は限られます。というわけで一枚。

100614_kobea.jpg

梅雨の晴れ間に

  ここ数日は、梅雨らしい陰鬱な天気が続いており、それに伴って私も頭痛が続いています。もともと肩・首の「こり」があって、そこから頭の重さを感じることがあるのですが、気象の変わり目になると肩がガチガチに張ってしまい、寝ていても首回りが重くて寝付きが悪く、寝不足も響いて頭が痛くなるという悪循環です。この頭痛は私の「持病」のようなもので、昨年8月の旅行のときなど、旅先でも悩みの種となってきました。

  また、一部では風邪も流行っているようです。東京の妹も風邪気味とのこと。夏風邪は治りにくいとよく言われますが、私もこの時期、1ヶ月ほど咳の続いたことがありました。それ以来、風邪をひくごとに喉をやられてしまい、喘息のような変な咳が出ることがあります。

  と、こんな病気自慢をしても仕方ないので、過去にこの時期に撮った写真を紹介しましょう。この6月後半というのは梅雨のさなかで、概して良い天候には恵まれませんし、上記の「持病」が出やすいので、あえて出かける機会はあまりありませんが、以下は仕事で出かけたさい、その道中で撮影しました。

  姫新線にて。今では銀ピカの新型に置き換えられましたが、こうした風景にはむしろ、旧式が絵になります。

080630-(1).jpg

  「觜崎屏風岩」とよばれる、揖保川沿いの岸壁。ここから北側に向けて連なります。

080630-(4).jpg

  その鉄橋を渡る列車。岩穴から顔を出して渡って行くのが面白い。この場所は気に入って何度か撮影に行きましたが、ここしばらくはご無沙汰しています。

080630-(7).jpg

  帰路の途中、加古川線の列車を。

080630-(9).jpg

  このときの仕事はなかなか手こずり、丸々一日仕事になったうえに、2件行って2件とも、自分のせいでない問題でクレームになって、後日再度呼びつけられたという、苦い思い出があります。

デジカメ時代の写真技術(1)

  自分のサイトを運営するようになって、まもなく11年になります。その間に大きく変わったのが、写真に関する環境です。ざっと挙げれば、

  (1)銀塩(フィルム)カメラからデジタルカメラへの移行。

  (2)パソコンを使っての編集が容易に。

  (3)デジタル媒体での保存・管理が主体に。

  (4)WEBでの広い公開が可能に。

  こうした変化に伴って、まず撮影のスタイルが変わりました。フィルムの時代には、コマ数と現像等の費用を考えれば「無駄遣い」は許されませんでした。従って、写真を撮るのは「とっておき」の場面に限られたわけですが、デジカメ時代の到来で、とりあえず撮っておいて、あとで取捨選択するというやりかたが主体になりました。また、サイトの制作という目的上、「記録」として-つまりメモ代わりの-写真を撮っておくという使い方もあります。

  また、デジタルデータの編集のしやすさという点も、撮影スタイルに影響します。多少の露出不足は修正できますし、傾きの補正やトリミングによって、レイアウトも後でなんとかなります。

  これは例えば、ロケーションは気に入っているのに、写りがいまいちという局面での救済策となります。一例として下の写真。露出不足で全体に暗く、やや傾いた元データ(600×400にリサイズした以外、無修正)。

100414-(10).jpg

  これに明るさ・コントラスト補正、トリミング、角度補正を加えたもの。

100414-(10)-2.jpg

  という具合に、それなりに見るに堪えるものになりました。

  この点については、2とおりの考え方があると思います。

  1つは、「補正は邪道」という見方。最初から、補正の必要がないような写真を撮ることを目指すべきで、安易に修正できるという考え方では撮影の技術は伸びないし、補正できれいにした写真に値打ちなどない。

  もうひとつは、写真が作品である以上、使える技術は使って完成度を高めるべきだという考え方。

  私自身としては、後者に近い考え方です。特に、WEBでの公開をと考えると、やはりデジタル画像としての見栄えの良さに配慮すべきだと思っています。もちろん、元が良くなければ、どう加工をしても大したものにはならないので(特にピンぼけ、手ぶれ、露出過多の類はどうにもなりません)、元をきっちり撮っておくべきなのは言うまでもありません。それでも、現場で100パーセントを目指してギャンブルするよりも、加工も念頭に置いて無難に収めておくほうが、自分としては成功しやすいように思えます。

  大した機材も撮影技術も無いから、安全策に徹しているわけですが(苦笑)

気になるニュース

  ちょっと気になった話題。

  『さよなら修学旅行列車 姫路の小学校、バス利用に』
  http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/0003093488.shtml (神戸新聞)

  特急「はまかぜ」に使われてきたキハ181系が、老朽化に伴って新型車(キハ189系)に置き換えられますが、これに伴って、従来この車両で行われてきた小学校の修学旅行を列車で行うのが難しくなり、バスに切り替えるとのこと。

これがおそらく団体用に走っていた列車
090625_181a.jpg

  これまでキハ181系は、「はまかぜ」だけでなく、臨時列車や団体列車(波動用)にも広く使われてきました。しかし、キハ189系は3両編成7本。「はまかぜ」の増便や増結に駆り出されれば、おそらくぎりぎりと思われる数です。それでは波動用はどうなるのか、という疑問があり、今回の出来事はその一つの答えと言えそうです。

  国鉄時代から引き継がれた車両は、JRの会社間をまたいで走らせることが容易で、編成の長さにも比較的融通が利き、波動用には好都合でした。しかしJR発足から間もなく四半世紀、その世代の車両が寿命を迎えるにつれ、そうした列車を立てること自体が難しくなってきたのは確かでしょう。

  JRとしても、余分な車両を持てばそれだけ維持費がかさむわけで、普段遊ばせておくような波動要員はできるだけ置きたくない、というのが本音でしょう。ここ数年の客車列車や夜行快速の廃止の流れも、その一端といえます。

  しかし記事にもあるとおり、車内で動き回れる列車の旅ができなくなるのは残念なことです。バスだとどうしても、ただ座席にくくりつけられて目的地まで運ばれる、という格好になってしまいます。

  私自身としては、中学の修学旅行では新幹線で東京まで、高校の修学旅行では信州まで(往路は直江津まで)列車に乗ったのが思い出になっています。座席を向かい合わせてゲームをしたり、お菓子を食べたりしたのは、やはり列車ならではの楽しみだったと思います。

  残念ながら、JRのこの姿勢を見る限り、こうした用途での列車の利用は、今後ますます縮小されてゆくと思われます。イレギュラーな動きを減らせば、確かに合理化には資するのかもしれませんが、何か世知辛さというか、つまらなさを感じてしまうところです。

またプリンを作った

  以前にプリン作りをこのBLOGで話題にしたことがありましたが(こちら)、実はその後も何度かプリンを作っています。何せ、それ以外は作れないもので(苦笑)

  しばらく妹が姪を連れてきていましたが、姪が卵と牛乳のアレルギー(と思われる)のため、母親である妹も摂ることができず、プリンなどもってのほか。というわけでしばらく封印していましたが、また牛乳が余り気味になってきたので作ってみました。

  何度か作っているとやはり欲が出てくるもので、以前は固まってくれればOKという感じでしたが、最近はどうすれば「ス」が入らないかと思案してます。そう考え出すとまた「ス」が気になるという、ある種の悪循環に入ってしまいます。

  ともあれ、今回はこんな感じでできあがりました。  

IMG_9435.jpg

  フォトショで加工して、見栄えよく。ちょっとインチキっぽいかも・・

  今回は弱めの火で長めに熱してみましたが、食べてみるとやはり細かな「ス」が入っていました。プリンもなかなか、奥が深い・・

  ちなみに、この「ス」を辞書で調べると、「鬆」という字を書くそうですが、これは「骨粗症(こつそしょうしょう)」の「しょう」と同じ字。骨にスが入る・・そのものズバリな表現ですが、なんとも。

水鏡締めくくり

  今日は朝の時間、小野方面へ出かけてきました。早起きは苦手なのですが、明日から天気が崩れる予報なので、「水鏡」の撮れる最後のチャンスと目論んでのことでした。

  沿線はまだ田植えの最中。この週末に追い込みというところが多かったらしく、結構盛んに作業されていたので、遠慮しながらの撮影でした。

100612_kobeb.jpg

  坂を登って行く神戸電鉄の電車。「水鏡」は、実際に列車が来てみないと、どんな風に映るか分からないもので、この前の列車ではタイミングに失敗したので、そのあたりの反省をふまえて。なんとか「顔」が入りました。

100612_hojoa.jpg

  北条鉄道。周囲の農作業の関係でこっそりと。土曜ながら、加西から小野方面へ通学する学生?が結構乗っていました。

100612_103a.jpg

  加古川線。いつ見ても何とも言えないデザインです。ちょうど日が陰り、コントラストが弱まったのがかえって良い感じでした。

  明日からは雨続きの予報。そろそろ洋服の入れ替えなどもしてゆかねば・・

小ネタ

  このブログ、仕様でトップ記事の下に広告が出るのですが、最近の記事の内容に関連している(と判断される)ものが表示されるようです。

  今見ると、3つのうち2つはゴルフに関するものでした。(スコア○○を切るとかどうの。)ゴルフには全く縁も興味もないのですが、なぜかと考えてみると、2つ前の記事で「広野ゴルフ場」のことを取り上げており、そこから判定されたようです。

  無料サービスを使っている以上、広告が出るのは致し方のないところで、もちろんそれをクリックするかはご覧になる方の自由ですが、時に意表を突く(どうしてこんなのが選ばれているのかという)ものが出ているので、どんな項目がピックアップされているか、観察してみるのも面白いかもしれません。

たまねぎの収穫

  ここ数日は、良い天気が続いています。これも明日までで、日曜あたりからは雨が続き、いよいよ入梅となりそうです。

  さて数日前に、父が作っている畑でたまねぎを収穫しました。初めてにして500本以上という膨大な数の苗を植えたのが昨年の11月。そのときは下のとおり、15cmほどのヒョロヒョロの苗でした。

091109-(3).jpg

  冬の間は目立った生長がなかったものの、春になると根元が膨れて、たまねぎらしい「なり」になってきました。長い雌伏の時を経て、蓄えてきたものが実を結ぶ時が近づきました。

090429-(3).jpg

  そして5月。父の渾身の作が、いよいよ食卓に並ぶようになりました。とにかく数が多いので、たまねぎ尽くしですが、目玉は「たまねぎの丸焼き」。読んで字の如く、丸ごとオーブンで焼いて、外の皮をむいていただきます。そのままでも甘みがあって美味しく、あとは塩かオリーブオイルで味付け。まさにシンプルイズベスト。

  先日の時点でまだ200個ほど残っていましたが、梅雨入り前に穫っておかねばということで、一気に収穫しました。

100611-(1).jpg

  ガレージが、どこの農家?という有様。

  知り合いの方々にお裾分けしたところ、お魚や旅行のおみやげなど、いろいろなものを頂き、海の幸山の幸で実に豊かな食卓となりました(笑)。ちなみに、たまねぎを抜いた畝には早くも、さつまいもの苗が植わっています。

駅#085 広野ゴルフ場前駅

ひろのごるふじょうまえ:神戸電鉄粟生線

  兵庫県三木市に位置する駅。「ゴルフ場」の名を付した駅というのは、全国でも珍しいのではないでしょうか。

  神戸電鉄粟生線(鈴蘭台~粟生間)の前身となった三木電気鉄道が、1936年に最初に開通させたのが、鈴蘭台からこの広野ゴルフ場前までの区間。つまりここは当初の終着駅だったわけです。(1937年末に現在の三木上の丸まで延伸。)その数年前に広野ゴルフ倶楽部が開業しており、まさにそのために引かれたような路線でした。ここは超名門、完全会員制でプロも憧れる由緒あるゴルフ場なのだそうです。(こうしたネームバリューもあってか、東播磨はゴルフ場の非常に多い地域です。)神鉄緑が丘駅からこの駅にかけて、南側に続く森がその敷地です。

  現在では小さい駅舎を構える何の変哲もない無人駅ですが、県道を隔てた正面に、そのゴルフ場の門が構えています。今になって、電車で訪れる人はいないと思いますが、確かに「ゴルフ場のための駅」だった雰囲気があります。

駅舎
hirono1.jpg

正面のゴルフ場。貴人の屋敷にでも入るかのような雰囲気
hirono2.jpg

  駅としては、交換可能な島式ホーム。志染(しじみ)までの増発のために入れ違える構造になりましたが、現在その本領が発揮されるのは、朝のラッシュ時だけとなっています。

駅を出る列車
hirono3.jpg

  その過程は、粟生線の歴史の縮図ともいえそうです。

青空に夏の気配

  少し遡って、6月3日、所用で出かけた足で北条鉄道沿線へ。

100603_hojoa.jpg

100603_hojob.jpg

  網引~田原間にて。周囲はちょうど田植えの最中。邪魔にならないように、ということもあって、ちょっと離れたところからの眺望。

  今年は、ゴールデンウイーク頃を除いて、いわゆる「五月晴れ」の空にはあまり恵まれませんでした。梅雨入り前の晴天には、すでに夏の気配が。

粟生線沿線へ

  天候に恵まれた今日、粟生線沿線へと出かけてきました。

100605-(1).jpg

  押部谷からの勾配区間を登って行く5000系。緑の色がすっかり濃くなってきました。

100605-(4).jpg

  複線区間。1000系列で、ドアが一面赤い車両は少なくなってきました。

100605-(17).jpg

  今日のベストはこの「水鏡」。まだ田植えから間がないようで、水が濁っていますが、割とくっきりと映ってくれました。このあたりでは、時期的には来週位がよいあんばいになってきそうですが、あまり天気が良くないようなので、数少ないチャンスだったと思います。

カレンダー壁紙2010/6

4:3サイズ(1024×768px)
1006.jpg

16:10サイズ(1280×800px)
1006(w).jpg

  6月のカレンダーは、お気に入りの「水鏡」です。列車は福知山線をゆく特急「北近畿」。来年以降この183系車両も置き換えが進むことになっており、国鉄スタイルはいよいよ少数派となってゆきそうです。