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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

カレンダー壁紙 2010/9

  酷暑に悩まされた8月も今日で終わり。といっても、週間予報を見れば、最低28、最高35前後の数字が当たり前のように並んでいます。…9月の予報ですよねこれ?

  そうは言っても、さすがに日差しは最盛期から比べれば弱まり、日陰に入ればそれなりにしのげる気候になってきました。空の色も深まり、一応見かけ上は秋の雰囲気が漂っています。

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  そんなわけで、9月のカレンダーはコスモスを。九州シリーズが2回続きましたが、近畿に帰ってきました。走っている列車は福知山線の「丹波路快速」。

  ところで…この8月は、今回のを含めてBLOG記事が23に達しました。ひと月の数としては最高数。連絡事項などの小さな記事も含めての数字ですが。
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11周年(と1日)記念

  昨日の11周年には間に合いませんでしたが、1日遅れで記念動画を作成しました。



  →トラベラーズ ノートの該当ページ(上の埋め込み動画は、このBLOGの幅に合わせてサイズを縮小しておりますので、こちらでご覧になるようお勧めします。)

  記念ものでは初めて、YouTube動画として制作しました。遡ること6年前、5周年のときはFlashで記念動画を造りました。動画と言っても写真のスライドショー的なものでした。当時はネットに上げるにはかなりデータ量を小さくする必要があり、表現の点ではかなりの制約がありました。ふんだんに動画を公開できるようになった今の環境は、当時からすれば隔世の感です。

  今回の記念動画ですが、テーマは「車窓」です。ビデオカメラを持つようになった1995年から、旅先でビデオを撮ることがしばしばありましたが、行程の多くを列車内で過ごす私の旅の性格上、列車内から外へ向けた「車窓ビデオ」がかなりの部分を占めます。

  今回はそのうち、弊サイトを開設した1999年以降のものをダイジェストで編集。春から夏、秋、冬へと、季節毎に各地のシーンを、約8分半にまとめました。冬については、ほぼ毎年「雪見旅」をしてきたことから特にストックが多く、北海道から順に南下するかたちで並べています。なお一部、過去の動画作品で使用した場面も含まれています。

  長距離旅はひとまず、今年1月の旅行をもって「引退」したことにしており、この機会にひとつの集大成としてまとめてみました。もちろん、季節はこれからも変わることなく巡って行きます。遠くに行くことはなくても、四季の風景との一期一会は大切にしてゆきたいものです。

11周年!

  本日「トラベラーズ ノート」は、晴れて11周年を迎えることができました。

  私の場合、人からはなぜか買いかぶられて、物事をきちんとやっているように見られるようなのですが、実は結構いいかげんなところがあり、やりかけで放っていたり、立ち消えになっていることも多々あります。そんな私が、サイト運営に関しては11年という長きにわたって続けてこれたのも、いろいろな方がご覧下さり、レスポンスをしてくださっているおかげだと思います。改めて御礼申し上げます。

  今後も皆様のご期待に沿えるよう、サイトの充実に努めて参ります。・・とはいっても、やはり好きこそものの上手ですので、あくまでもマイペースで、自分の気の向くことをゆるやかにやってゆくスタンスに変わりはありません。そんな感じで息長く続けてゆければと考えています。どうぞ今後もよろしくお願いします。

  さて、今回の周年記念企画ですが、思いつきで、記念ムービーなど作成しようかと思い立ちました。

  「思いつき」だなどと言うとおり、作り始めたのは今日のことです(苦笑)

  以前のBLOG記事で、記念企画についてはあいまいなことを書いていました。なにせ暑い日が続いていたうえ、個人的にも今月中に追い込みでやるべきことがありましたので、そこまで気力・体力が回らなかったというのが本音です。このままうやむやにしてやり過ごそうかとも思いましたが、私用のメドが立ちそうなので、遅ればせながらの起動です。

  というわけで、どう考えても今日には間に合いませんが、でき次第公開したいと思います。

[続・百景]#101 浮世離れ

  2009年9月以降の写真から厳選したものを、「十年の旅百景」の続編として紹介してゆきます。

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2009.10.28 竹田城跡

  400年以上にわたり、山上に石垣を残す竹田城跡。数度にわたり訪れており、そのたびに新たな姿を見せてくれた。特に2008年の大晦日、一面の雪に照りだした陽光、それは「奇跡的な朝」ともいうべき巡り合わせだった。

  その姿はまだ記憶に新しいが、今回は有名な雲海を目当てにやってきた。事前の天気予報によれば、この朝は霧の発生には格好の条件。だが着いてみると、山頂まで霧が覆っている。これは条件が整いすぎたか。

  だが夜が明けるにしたがって、計ったように頂の霧は晴れてきた。眼下には、下界をすっぽり覆い隠す、文字通りの雲の海。先回が「偶然」なら、今回は「必然」の光景といえようか。

急行気動車の終焉

  1961年に登場し、一世を風靡したキハ58系気動車。急行用車両として全国に根ざし、国鉄のJR化時点でディーゼル車の最大所帯をなしていた同車も、近年急速に淘汰が進み、現存する車両は数えるほどになりました。

  ここ数年の動きをここにまとめます。

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  2001年:JR東海での定期運用終了。(車籍を残していたキロ28も2008年に廃車、全廃。)

  2002年:JR北海道での定期運用終了。

  2003年:JR西日本、急行「つやま」の置き換えにより、半室グリーン車が離脱。これにより同系列のグリーン車全廃。

  2006年7月:JR九州、豊肥本線にて「あそ1962」運転開始。

  2007年3月:JR九州での定期運用終了(トロQ列車、あそ1962用を除く)

  2007年6月:JR西日本、急行「みよし」廃止。これをもってキハ58系使用の「急行」はすべて姿を消した。

  2008年10月:JR四国での定期運用終了。その後リバイバル運転ののち、廃車。

  2009年3月:JR東日本での定期運用終了。現在籍が残るのは、ジョイフルトレイン改造車と一部保留車のみ。

  2009年11月:九州の「トロQ」が引退。その牽引用だったキハ58/65が国鉄急行カラーになり、2010年8月まで「復活急行」として走る。

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  現在、東日本のジョイフルトレイン車、保留車を除き、残っているのは、

★ 富山に4両:高山本線の一部列車に使用。定期運用で残る最後の列車。
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★ 岡山に2両:因美線の「みまさかスローライフ列車」など、臨時列車に。
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★ 大分に2両(58/65):「トロQ」用→「復活急行」として運転。
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★ 熊本に2両:「あそ1962」用。
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  これだけとなってしまいました。

  このうち、今年に入ってから九州各地で団体向けの「復活急行」として運転されてきた、キハ58+65の2両については、本日8月29日の「ひかりファイナル」をもってラストとなるとのことです。(8/30追加:railf記事

  ちなみに、新幹線の愛称として馴染み深い「ひかり」ですが、新幹線開通前の1958-64年の間は、九州内の準急(のち急行)に名付けられていました。

  西日本の車両についても、リミットが示されています。掲示板において、ふーた様からお寄せいただいた情報から、リンク先とともに紹介します。

  http://takayamasen.com/kiha/ 富山の車両については、2011年3月をもって引退となります。すなわちこれが、‘普通の’列車として走行する58系の終焉となります。今春には大糸線のキハ52も退いており、国鉄世代の古参が相次いで北陸から姿を消すことになります。(あとついでに、寝台電車改造の419系も。)

  高山本線でキハ58系で運転される列車については、上記リンク先のサイトから知ることができますが、休日だと晩の1往復のみとなります。引退が近づけば、またフィーバーになることが予想されます。

  最後の急行「みよし」に使用されていた車両で、その後急行色に戻された岡山の車両。2007年秋以降、春・秋に因美線にて「みまさかスローライフ列車」として走るなど、イベント要員的に活躍してきました。しかし車両の老朽化は隠せず、いつラストになるかとささやかれてきたのも確かです。そしてついに、こちらも「Xデー」が示されました。

  http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2010082421233550/(山陽新聞)
  http://www.westjr.co.jp/ICSFiles/afieldfile/2010/08/24/20100824_akirin_okayama.pdf(JR西日本)

  「スローライフ列車」として11月6,7日に、そして11月20,21日に「ありがとう「キハ28・58」号」として岡山~津山間でラストランを飾ることになります。

  残るは、豊肥本線熊本~宮地間で観光列車として運転されている「あそ1962」だけとなり、こちらはまだ、置き換えに関する明確なアナウンスはありません。そもそもこの列車、2005年まで同じ区間で運転されていた「SLあそBOY」号のSLが故障し、その代替として準備されたもの、つまり「古さ」を買われての起用でした。(SLのほうは再整備を受けて「SL人吉号」として復帰。)したがって、行けるところまでは行くのかもしれませんが、既に部品取りのできる車両があまりないと思われ、来春の九州新幹線全通に合わせてテコ入れが行われる可能性もあります。そうなれば、キハ58系という系列自体が、来年には完全消滅となるかもしれません。

  【11/5追記】「あそ1962」も、10年12月26日をもって終了することになりました。(JR九州) これをもって、九州からも同系列は全廃となります。

  登場から実に半世紀をもって、幕を引くことになるキハ58系の歴史。自分自身の鉄道趣味の中では、全盛を過ぎたところからスタートしているため、去りゆく前世代を目の前に見届けるような、不思議な気持ちがします。

鉄橋を渡る列車動画

  久々に、YouTubeに動画をアップしました。



  4月の旅行の際に、大阪の上淀川橋梁で撮影したのを編集したもので、まもなく消えるキハ181系の「はまかぜ」や485系の「雷鳥」、その他「北近畿」や「日本海」などの走行を収めています。(そのときの写真はこちら

  さて、なぜ今更この動画を上げたかと言いますと、実はビデオ編集の予定が控えて、HDDの容量を空けておく必要があったからです。

  そのビデオというのは、この半月帰省してきていた妹親子のもの。9ヶ月の姪はすっかり慣れてのびのびと過ごしていましたが、惜しまれつつ今日東京へ帰りました。そのビデオを編集しなければなりません。(あと、人から頼まれた編集も。)

  最終的には圧縮されたMPEG2ファイルにしますが、編集時の劣化を考慮して、まずは圧縮しないAVI形式でビデオを取り込みます。つまり、編集が完了するまでは、容量の大きいデータをパソコンに置いておかなければなりません。数十GBくらいはたやすく占めてしまいます。なので、用の済んだAVIは消して行かなければ、いくらHDDがあっても足りないのです。

  それにしても、さすがに新しいWindows7パソコンは処理も速い。少し前なら、パソコンでの動画編集は処理に時間がかかり、技術的には可能でもストレスがあまりに大きくて、気軽にできるものではありませんでしたが、かなり改善されました。

降って湧いた「みずほ」

  鹿児島に母の実家があって、縁が深いだけに、来年3月12日の九州新幹線(鹿児島ルート)全通には個人的に注目しているのですが、今日、ちょっと驚きの報道がありました。

  かねてより、山陽区間~九州区間を直通する列車は「さくら」となることが決まっていましたが、その上位種別として「みずほ」が設定されることになった、というものです。

  読売 http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100824-OYO1T00423.htm

  朝日 http://www.asahi.com/national/update/0824/TKY201008230475.html

  毎日 http://mainichi.jp/photo/archive/news/2010/08/24/20100824k0000e040033000c.html

  産経 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100824/biz1008241221003-n1.htm

  記事内容を統合すると、以下の通りになります。

  「みずほ」は新大阪~鹿児島中央間を3時間47分。4時間程度とされた「さくら」より短縮。航空機が大きなシェアを占める関西~鹿児島間の切り崩しを目指す。

  停車駅は新神戸・岡山・広島・小倉・博多・熊本のみの、「のぞみ」的存在。

  「さくら」用のN700系を使用。1時間1本程度となる「さくら」より限定された本数。


  ちなみに「みずほ」は、かつて東京と長崎・熊本を結んだ寝台特急で、1994年に廃止となってからは、お蔵入りになっていた名称です。

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  思いがけないかたちで復活を遂げることになった「みずほ」ですが、このニュース、なぜ今さら?という感のぬぐえないものです。

  もともと、寝台特急「みずほ」は「はやぶさ」(東京~西鹿児島[現・鹿児島中央])や「さくら」(東京~長崎・佐世保)のサブ的な位置づけで、これらより早く姿を消しています。同じく九州夜行であった「富士」や「あさかぜ」と比べても地味な存在であったことは否めません。

  また、JR西日本・九州は直通列車の愛称を公募し、その結果を踏まえて「さくら」を採用しました。(車両コンセプトなどからしても、当初から「さくら」と付ける気満々という雰囲気でした。)

  そうした経緯からすると、「さくら」の上位に「みずほ」を置くとはまさに青天の霹靂。あれだけ「さくら」を盛んにアピールしていたのは一体何だったのか、ということになります。しかし伏線は、以下の記事にありました。

  http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/other/416904

  「JR西は…スピード重視の車両を導入した経緯から、航空機に対抗できるようなダイヤ編成を想定。極力停車駅を減らしたい意向だが、九州新幹線は、国や自治体が事業費を負担した「整備新幹線」と位置づけられているため、九州内でのダイヤを決めるJR九州は、駅を抱える自治体から停車を求める要望が相次いでおり、スピードか地元の利便性か、選択を迫られる可能性もある。」(引用)

  JR西日本としては、関西圏と九州主要都市(主に鹿児島)との速達性を打ち出したいが、JR九州としては沿線の意向を無視できない。関西に直通する速達タイプの「さくら」をどこに停めるか、地域間でも激しい綱引きがあったと思われ、両社間の調整の難航は必至でした。

  そうする間にも開業は刻々と迫り、苦肉の策として「目玉商品」を置くことで落ち着いたのではないか、と思われます。裏を返せば、「さくら」については沿線の意向を容れた停車駅多めの設定になることが予想されます。

  それにしてもなぜ「みずほ」なのか? これは東海道・山陽系新幹線の愛称が、これまですべてひらがな3文字だという慣例に従ったとも考えられます。一見くだらないこだわりにも思えますが、字数を変えるとなにがしかシステムの変更が必要になるなど、内部的に意外と面倒なのかもしれません。急な話ならなおさら、そのために余分な手間はかけられなかったでしょう。(そうした縛りがないのなら、歴史的過程と名前の貫禄からして「はやぶさ」がベストだったと思いますが、先に東北新幹線に持って行かれてしまいました。)

  かように多難な前途を象徴する「みずほ」復活劇。九州新幹線の代表として地位を確立するのか、それとも結局「さくら」に吸収されてゆくのか。蓋を開けてみなければなんともいえないところです。

[お知らせ] カテゴリーの一部変更など

  このBLOGに関するお知らせです。

(1) カテゴリー「日記(おでかけ)」の追加

  従来のカテゴリーに加えて「日記(おでかけ)」を追加します。今後、旅行などで出かけたときのレポートは、このカテゴリーに分類されます。(最近で言えば、淡路や佐用町の訪問など。)過去の同様の記事は、追って遡ってカテゴリー変更します。

(2) サムネイル写真の拡大

  ブログ記事内のサムネイル画像ですが、従来、長辺150pxの設定でしたが、今後の記事では長辺240pxとします。現在「トラベラーズ ノート」で採用しているサムネイルのサイズに合わせたものです。

  例↓
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  今後とも当BLOGをよろしくお願いします。

淡路へ(4)

  明石海峡大橋に近い保養所にて宿泊。翌日はそれぞれ仕事などあって、ゆっくりできないので、残りは足早に進みます。

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  ライトアップされる夜の大橋。色のパターンはタイミングによって変わるようです。手ブレを防ぐため、セルフタイマーでボタンを押し、台の上に置いてシャッターを切らせる「裏技」を使っての撮影です。

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  翌朝。早朝から海峡の船の往来は盛ん。

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  島を去る前に、ふもとの道の駅から大橋を望む。

  ちなみに、私は午後から仕事があったので出かけましたが、その間に故障した電気温水器の修理屋が来ていました。家が建ったときに設置したものでしたが、5年の保証が切れた直後の故障で修理費は3万超、なんと意地の悪い。「もう○菱電機のものは買わない」と、母はおかんむり。

淡路へ(3)

  イングランドの丘を後にして北上、津名一宮ICで降りて「たこせんべいの里」に立ち寄ります。

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  淡路に来れば必ず立ち寄るスポット。種々のおせんべいを生産、販売し、試食しながら選択できます。コーヒーの自由に飲める休憩スペースが広々と取られて、千客万来の盛況でした。普段旅先であまりおみやげは買いませんが、なかなか買う機会のないものなので、(自分としては)奮発して買い込みます。

  その後はさらに北上、宿泊地となる父の会社の保養所へ。明石海峡を望み、部屋によっては大橋も見渡せる抜群の立地です。

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  今回の部屋からは、ここまでしか見えませんでしたが。

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  海峡をゆくたこフェリー。高速道路値下げで苦戦が伝えられます。我々も今回は往復とも大橋経由なので、申し訳ない気持ちになります。

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  今日も容赦なく照りつけた太陽。海原に落ちて行きます。

淡路へ(2)

  引き続き「イングランドの丘」にて。

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  名前の通り、イングランド風の丘? 現地に行ったことないから分かりません(笑)。

  ここの売りのひとつは、コアラがいることです。イングランドなのに、なぜにコアラ? おそらく、オーストラリアが元英国の植民地だったからでしょう。炎天下を歩いて「コアラ館」へ。ゲートの建物から距離にして150mほどなのに、その道のりの遠いこと。

  客寄せパンダならぬ客寄せコアラ。しかしコアラは一日の大半を寝て過ごすそうで・・

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  背中に哀愁が漂います(苦笑)

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  こちらはお食事中で、稀少な動いているコアラでした。

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  日陰の羊さん。見ているほうが暑苦しくなります。

  まさに「空気の熱い」昼下がりの「イングランド」。姪も、常に見ている妹も、よく耐えたものだと思います。

  出際に駐車場で見かけた変な物体。

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  玉ねぎ・・ですよね? 何でこんなところに立てたのか、よく分からないオブジェです。

淡路へ(1)

  先日、家族で淡路島へ行きました。そのときの様子を紹介します。姪の写真は肖像権上載せられませんが(笑)

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  まずは明石海峡大橋を渡って淡路島へと渡ります。いつもながら、えらいものを造ったもんだと思います。

  今回は「イングランドの丘」を目指します。天気は快晴。容赦ない暑さ。姪のことも考えると屋外はきついのですが、淡路の土地柄、施設といえば公園や体験型のものが多く、休み休みでまわることにします。

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  イングランドの丘、メインゲートとなる建物。(写真は出たときに撮ったものです)

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  やはり尋常ならぬ暑さ。ひまわりもヘタリ気味。

  とりあえず昼食を。

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  「淡路づくしうどん」。「づくし」と言っても、淡路産なのはたこ、わかめ、タマネギ。冷やしうどんでしたが、麺が固い。讃岐タイプの麺ですが、それにしてもかなり歯ごたえがありました。以前小豆島で食べたそうめんも通常よりコシが強いものだったので、瀬戸内の麺は全般にこうなのかもしれません。

サイトワイド化計画

  予告のとおり、本日から明日にかけて、家族で淡路島へ旅行に行きます。この間にいただいたものへの対応は明日以降になりますので、よろしくお願いします。

  さて、「トラベラーズ ノート」トップページのデザインを少し変えました。少し画面の幅が広がったことにお気づきでしょう。従来弊サイトは700ピクセルを標準幅としていましたが、このたび800ピクセルに拡張しました。

  近年、パソコンディスプレイの大型化、ワイド化が進んでいます。このサイトの作成には、いまだXPマシンを使用しており、こちらで使っているディスプレイは年季もの(中古で入手しましたが、おそらく10年ほど前のもの)なので、液晶の実効面積が狭い。一方、Win7マシン用に(こちらも中古で)手に入れたディスプレイは4,5年前の機種ですが、解像度が上がっているため、同じページを見ても、一画面中の情報量がかなり変わります。

  最近では特に、16:9のワイド画面が主流になってきており、また、標準的なブラウザーであるInternet Explorerも、Ver.7以降、左側の「お気に入り」項目のオンオフが容易になり、画面幅目一杯にサイトを表示させるのが標準になってきました。

  私は普段狭い画面に慣れているので(トップページは、自分のXPマシンで一画面に収まるサイズを目安に作成しています)、制作中には気にならないのですが、アップした自分のサイトを別の画面で見ると、画面に対するサイトの小ささに驚かされます。

  実は、昨年のサイトリニューアルに際して、幅を600pxから700pxに拡大したのですが、このたびさらに拡幅することにしました。他のページも順次変更してゆきます。もちろん、小さな画面で見られている方もあるかと思うので、むやみに大きくすることはありませんが、今後も閲覧環境の変化に応じて調整を図って行きたいと考えています。

バッドタイミング

  昨晩のこと。

  家族に「風呂場の温水器のモニターにエラーらしい表示が出ている」と言われ、調べてみるとどうも外の給湯器のブレーカーが落ちている模様。

  蚊にたかられながら外に出てブレーカーを上げてみると・・

  家の方のブレーカーが落ちた。家じゅう見事に停電(泣)

  仕方ないので給湯器のブレーカーを落として、メーカーに修理を頼むことに。

  そして今日。メーカー(三◇電機)と連絡を取ると・・

  「盆明けで人手が回らないので、今日は無理」とのこと。予想はしていた展開ですが・・。最初は木曜日になどと言われましたが、さすがにそこまで風呂もシャワーもできないのでは困るので、旅行帰りの水曜午後にということでお願いしました。

  ちょうど盆の時期、しかも姪を毎日入浴させなければならない今このときに故障するという、よりによってのタイミング。家の給湯器は、夜中の安い電気でお湯を沸かして貯めておくタイプなので、タンクに残った貴重なお湯を大事に使うしかありません。もちろん姪が最優先なので、ほかの人たちは水シャワーに甘んじることになりそうです。トホホ。

姪っ子9ヶ月

  1週間ほど前から妹家族が帰省してきていて、妹と娘(私の姪)がしばらくとどまる予定です。5月に6ヶ月だった姪は這い回るようになり、成長を感じます。→3ヶ月前の姪の話

  9ヶ月ともなると、外の世界も幾分判ってくるようで、最初の数日は借りてきた猫のようにあまり動かず、怪訝そうな表情で目だけがいろいろ観察している様子。母親の手を離れるとすぐに泣き出すありさまでしたが、次第に慣れてきたようで、いろいろ触って回ったり箱を開け閉めしたりと行動が多彩になってきました。「本領発揮」に近づいてきた感じです。

  それにしてもこの子、どうも観察が鋭いようで、成長すればなんだかいろいろ見透かされそうな気がします。

  さて、きたる8月17-18日、妹親子を交えて家族で旅行に行く予定です。このためこの期間、掲示板への返答などが遅れると思います。予めお知らせいたします。

終戦の日に

  今日8月15日は、太平洋戦争の終結した、いわゆる終戦記念日でした。

  戦争はひと言で言えば「狂気」です。「勝てば官軍、負ければ賊軍」といわれるとおり、歴史は常に勝者に都合の良いように形成され、敗者はどこまでも俗悪なものとして描かれます。だからこそいつの時代にも、戦には奇妙な大義名分が付され、勝つための手段を選ばぬ行為が美化されてきました。その局面において各人は、人間性を捨て去ることが強要され、人としての尊厳はまさに、戦車で轢き潰されるかのように無きものとして扱われました。

  その終戦からすでに65年。当時を直に経験した世代は既に70代、80代に達しています。親からして戦後世代である私にとって、戦争そのものは又聞きの世界のものでしかありません。しかし、上記のように人が人として扱われることが許されない時代にもし自分が生きていたら、と思うと、そらおそろしい限りです。戦争は、物的・人的被害もさることながら、生き残った人間の深層に癒しがたいダメージを与えるものなのだと思います。

  1991年、高校生だった私は広島を訪ねました。8月19日、残暑厳しい晴天の日でした。このときの所感は旅日記に書いています。

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  そのときの倍以上の歳をとり、私もそれなりに過去を振り返ることのできる年齢になってきました。「勝てば官軍・・」の言葉は、歴史の好きだった亡き祖父がよく口にしていたと聞きます。祖父は出征前に終戦を迎え、おかげで今自分は生を受けているともいえます。世界情勢が今後どうなるかはともかく、命の重みは常に意識していられる自分でありたいものです。

まもなく11周年

  きたる8月30日、「トラベラーズ ノート」は11周年を迎えます。

  昨年は10周年を記念して、「十年の旅百景」を公開。いつもと違う切り口で、鉄道と旅を振り返る良い機会になったと思います。

  さて今年はといえば、実はまだ何も考えていません。何かするかもしれず、何もしないかもしれません・・とあいまいにしておきます(苦笑)。ただ、このBLOG上で、「百景」の続編を(11周年企画とは別に)公開してゆきたいと考えています。2009年9月以降の写真から10枚ほどを選んで、#101から再開してゆく構想です。

悲劇から1年

  立秋を迎え、空の色に深みが出てきましたが、暑さは相変わらずで、今年も残暑が厳しそうです。

  さて、ちょうど1年前、兵庫西部などで大水害が発生しました。(記事)昨年は梅雨明けが遅く、8月に入っても不安定な天候が続いていた中での痛ましい災害でした。

  先日佐用町を訪ねましたが、ひまわり祭り会場近くを流れる千種(ちくさ)川には依然、川岸がえぐられたような爪痕が。

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  順次護岸工事が行われているようですが、まだまだ手つかずのままの場所もたくさんあるのでしょう。

  西播磨の地勢は、山が比較的険しく、その隙間を南北に川が流れているのが特徴。このためピンポイントで豪雨に見舞われると、その狭い谷間に一気に水が流れ込むことになります。しかもまとまった集落は得てして、氾濫しやすい川の合流部にあるため、被害が大きくなってしまいます。しかしこうした地形は、日本ではありふれたものであり、いつどこでこの種の災害が起きてもおかしくありません。

  今年も梅雨時期には各地でゲリラ豪雨があり、被害が発生しました。昨年はJR姫新線が復旧に2ヶ月を要しましたが、今年は美祢線(山口県)、呉線(広島県)が今なお不通になっています。特に美祢線の被害は壊滅的で、復旧に1年以上を要するとされています。昨秋に台風で被害を受けた名松線(三重県)は、不通区間をそのまま廃止・バス転換する方針であり、今後は災害が存廃問題の「ダメ押し」になるケースも出てきそうです。

  激しさ、厳しさを増す気候に、個人だけでなく社会も体力を削られてゆく悪循環。何より、命を守るには何をすべきか、結局は各自が知恵を絞らねばならないのでしょうが、特に高齢者などには過酷な時代です。

ひまわりづくし・番外

  ひまわり見物の行き帰りに撮影したもの(主に姫新線沿線)を。

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  朝の福崎町にて。たまたま目に付いた蓮の花です。朝日に照らされるとやはり、清々しい雰囲気がします。

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  三日月駅近くの鉄橋にて。ちょうど三日月の植え込みがバックに入ります。

  ちなみに、ここ三日月から播磨徳久まで列車に乗り、帰りは新型のキハ122に乗りました。この区間ではさほど速度は出ていませんでした(最高80km/hくらい)が、さすがに余裕ありげな走りでした。

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  引き返し、昼下がりの播磨新宮付近にて。緑鮮やかな田んぼの中を行くキハ122の列車を、と思って待っていたら、思いも寄らぬハイスピードで通過してゆき、面食らいました。これぞ高速化の本領発揮。今度はこの区間で乗ってみなければ・・

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  おなじみ觜崎の揖保川鉄橋にて。この区間では、試験増便により日中でも30分間隔の運転になっており、撮影しやすくなりました。

ひまわりづくし(4)

  ひまわりシリーズ最後は、このひまわり園の醍醐味である「見渡すひまわり畑」を。

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  一面の花々に見つめられる、不思議な気分。

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  整然たる行列。

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  中には気まぐれなのもいます(左下)。

  ひまわりの花がなぜ東を向いているのか、Wikipediaに下記の記載があります。

  和名の由来は、太陽の動きにつれてその方向を追うように花が回るといわれたことから。ただしこの動きは生長に伴うものであるため、実際に太陽を追って動くのは生長が盛んな若い時期だけである。若いヒマワリの茎の上部の葉は太陽に正対するように動き、朝には東を向いていたのが夕方には西を向く。日没後はまもなく起きあがり、夜明け前にはふたたび東に向く。この運動はつぼみを付ける頃まで続くが、つぼみが大きくなり花が開く頃には生長が止まるため動かなくなる。その過程で日中の西への動きがだんだん小さくなるにもかかわらず夜間に東へ戻る動きは変わらないため、完全に開いた花は基本的に東を向いたままほとんど動かない。なお、これは茎頂に一つだけ花をつける品種が遮るもののない日光を受けた場合のことであり、多数の花をつけるものや日光を遮るものがある場所では必ずしもこうはならない。

  つまり、つぼみの頃までは実際に太陽の方を向いて動くようです。しかしこうして見るとやはり、植物は朝日が好きなんですね。上の気まぐれさんの花は、寝違えて首が戻らなくなったのでしょう(笑)

  というわけで今回のひまわりめぐりはここまで。本日の時点で林崎地区のひまわりは見頃を過ぎ、明日限りで閉園となるそうです。

  番外へ

ひまわりづくし(3)

  林崎地区のひまわり園には、世界のひまわりを集めたひまわり畑があります。その幾つかをご紹介。(品種名などは、立ててあった札に書かれていたものから)

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  「太陽」。花も背丈も小さめですが、きれいな円形をしています。

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  「大輪一重咲き・黄色」。いかにもひまわり、という感じの花です。背が高く、すでに終わりかけの花はずっしりと頭を下げていました。

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  「リングオブファイヤー」。花が上部で枝分かれしており、花びらが内が赤、外がオレンジのグラデーションになっているのが特徴。

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  「スターバストレモンオーラ」。八重咲きの品種で、全体がレモン色をしています。

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  「プラドレッド」。褐色の花は、全体の中のアクセントとなっています。

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  「ゴーギャンのひまわり」・・だったと思うのですが、WEBで「ゴーギャン ひまわり」を検索すると、もっと八重っぽい花が出てきますので、ちょっと確信がありません。

  こうしてみると、ひまわりも様々ですね。

  もう少し続きます

ひまわりづくし(2)

  「ひまわりめいろ」内では、ひまわりの花が目線に近いところで見られて、なかなかに良い感じでした。

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  花の中にみつばちがいるのがお判りでしょうか? 周囲にはみつばちがブンブン飛び回っていました。

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  再び陽が照り出しました。やはり花の見栄えは太陽を浴びてこそ映えます。しかし暑い。とめどなく汗が出ます。

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  集合美。

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  アップで。

  迷路はほどよい難度で、行きつ戻りつして花を堪能しながらゴールに到達。もうこれで沢山? いえいえ、まだ続きます

ひまわりづくし(1)

  今日、佐用町(旧南光町)のひまわりを見に行ってきました。ひまわり祭り関連のイベントは先週末までだったようですが、ひまわり園は引き続き開園中です。千種川流域の各所で時期をずらして開園しますが、今回はちょうど、最大規模の林崎地区が見頃を迎えました。

  私はといえば、現地まで車で行かず、あえて最寄り駅(播磨徳久:はりまとくさ)隣の姫新線三日月駅に車を置いて、そこから列車に乗って訪ねることにしました。姫新線は今年春に高速化が完成したので、その変化を見てみたいと思った次第です。

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  ただしこの列車は、高速化前からいたキハ40車両。高速化と同時にスタートした試験増便のために姫新線に残っています。というわけでスピードそのものに変化は感じられませんでしたが、乗り心地が幹線なみに良くなった気がしました。「試験」増便ということで、2年後に利用者が増えていなければ元に戻されてしまいます。ですのでささやかながら貢献できればとも思ったわけですが、さて。

  播磨徳久駅からは歩いて現地へ向かいます。日中に歩くのはさすがにしんどいので、早めの時間にしたのですが、9時過ぎでも既に十分暑い。日傘を差し、持参したペットボトルから水を飲み飲み歩きます。

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  道中の道端にて。

  播磨徳久駅から会場へは、週末には送迎バスが運転されていたようですが、平日はアクセス方法がありません。佐用町サイトによれば、定期便のバスは廃止された、とのことなので、以前ならそれを使う選択肢もあったのでしょうが、こうしてみるとやはり、姫新線の利用促進という点では厳しいものがありそうです。

  1kmほど歩いて、千種川を渡ると、見えてきましたひまわり畑。2年前に訪ねた米田地区より幅が広く、「見渡す」快感があります。

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  お気づきの通り、花は皆向こうを向いています。ひまわりは「向日葵」と書き、花は常に太陽の方を向いているというイメージがありますが、実際には東の方、つまり朝日の方角を向いています。つまり、ひまわりの花が順光で撮れるのは午前中です。そのあたりも考えての早めの訪問です。

  そんな花畑を脇にさらに歩き進み、駐車場側からひまわり畑へと入ります。時間がまだ早いせいか、人はあまり多くない。協力金として100円を徴収され、代わりにひまわりの種をいただきます。

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  入ってまもなくの所にある「ひまわりめいろ」。子ども向けのものと思われ、だれもいなかったので、せっかくなので入ってみると、ひまわりの花が間近に見られてなかなかいい感じ。

  続きます