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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

秋の風景を求めて(3)

  三田付近の東の空には雲がかかりだし、いまいちぱっとしない風景になってきたので、北に向けて移動します。

  相野駅付近にて。ここまでくると、山間が近づき「丹波路」の雰囲気が増します。

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  通勤形207系。いささかミスマッチ感はありますが、このあたりにはラッシュ時にしか姿を見せません。

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  113系。

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  特急「北近畿」。1年前の同じ頃、このあたりの道端には彼岸花が数多く咲いていましたが、今年はこれだけ。半ば強引に入れてみました。
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秋の風景を求めて(2)

  引き続いて、福知山線の三田付近にて。

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  223系快速。「丹波路快速」を置き換え、いつしか福知山線の主力になりました。朝は堂々の8両編成。

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  その223系に押されて影が薄くなった221系。白基調の塗色に清涼感があって、私は好きなのですが。

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  113系。国鉄時代からのありふれた電車でしたが、この福知山線でラッシュ時に運転されるほか、大阪近郊では阪和線でわずかに走るのみ。旧式の低いモーター音を大きく響かせるので、近づいてくるとすぐにそれと判ります。

  ちなみに、以下は2002年9月、初めてこの区間で稲穂と交えて撮ったときの写真で、現在福知山線を走っていない車両です。

103系/201系
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205系
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117系
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  写真の写り映えと顔ぶれの変化に、時の流れを感じます。

秋の風景を求めて(1)

  そろそろ彼岸花が咲き出したので、秋らしい風景を求めて、三田方面へと出かけてきました。三田へは、9月初めにも行ったのですが(記事)その時点では、ようやく稲穂が黄色くなりだした頃でした。それから約3週間が経ち、かなり稲刈りが進みましたが、まだ残っているところも結構あります。

  今日は天気下り坂の予報なので、早めのスタート。まずは先回と同様、神鉄三田線の沿線へ。

  写真を撮ろうとカメラを準備。すると・・バッテリー切れ!? 電源が入らない。充電はしてきたつもりでしたが、充電器の接触不良できちんと充電できていないことがまれにあります。動作チェックをしていないときに限ってこういうことが・・

  ここまで来てカメラが使えなければ全くの無駄足。なんてこったと思いつつ、鞄の中に、だいぶ前に充電した予備バッテリーが入っていたことを思い出し、だめもとで入れてみる。

  電源が入った。命拾いしました。しかしこの状況では、電気の無駄遣いは禁物です。

  とりあえず撮影したのがこちら。

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  神鉄独特の種別である「特快速」。朝のラッシュに上り2本だけ運転される超レア列車を2本とらえます。

  その後先回と同様、JR福知山線沿線へ。

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  三田駅に近い田んぼの中。このあたりはまだ稲刈りがあまり済んでおらず、黄金の絨毯の中をゆく電車がキャッチできました。最近、JRの線路脇にフェンスが巡らされ、撮りにくくなる傾向にありますが、このあたりは見通しもよく、有り難いことです。

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  彼岸花はまだ咲き始め。昨年はちょうど約1年前の9月26日に三田に出かけて(記事)、そのころ彼岸花が見頃でしたが、今年はさすがに遅れているようです。


  # 当ブログ左欄の「月別アーカイブ」を復活させました。過去記事をたどるのに、これがないとやはり不便なので・・

色のお話(1)

  最近お出かけの機会もなく、ネタ切れ気味なので(苦笑)、「色」に関する自分のイメージについて、書いてゆこうと思います。

  まずは「」の話。

  実は、「トラベラーズ ノート」の元々のシンボルカラーが、この「青」でした。

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  これはかなり昔に作成した、弊サイトのバナー(リンクページに今も置いていますが)。青というよりは紺~青紫に近い色を好んで使っていました。

  で、なぜ青なのだろうか、と考えてゆきますと、やはり

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  新版のバナーである、これに行き着きます。

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  自分の鉄道趣味の原点にある、新幹線。憧れと思い出の存在であるこの青と白、やはりこれがどこか、自分の深層に焼き付いているのではないかという気がします。

  サイトの方は現在、ベージュ系の暖色を主体としています。サイトの文章量・写真の数が増えるにつれ、暖色系のほうが読みやすく、写真などを配したときのデザインがしっくりきやすい、と思えたからです。ただし、現在のサイトトップページの「Traveler's Note」ロゴの「T」と「N」は、サイトの「原点」をとどめるべく、青紫色にしています。(7月以前のロゴでは紺色でした。いずれにしても青色系のカラーです。)

  もうひとつ、私の好きな「青」、それは秋の青空。

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  この3枚の写真、トリミングやリサイズは行ないましたが、明るさや色合いなどの画質の部分は全くいじっていません。何もせずともはっきり写り、被写体が映える、それが秋の青空ならではです。

  空気が澄み、抜けるような青空は、私の一番好きな空です。晴れると風景がくっきりと浮かび上がり、深みのある青さとコントラストをなします。なので、秋の時期に快晴の予報が出ると、どこかへ行きたくてうずうずします。もちろん、自身の予定と体調があるので、その範囲内でのこととなりますが・・

  さて、今年はそのチャンスがあるでしょうか?


  というわけで、今回は「青」について語ってみました。気が向いたら別のカラーも取り上げます。

中秋の十六夜月

  今朝、新聞に載っていて気づいたのですが、昨日22日は「中秋の名月」でした。「十五夜」とは旧暦8月15日、「北半球では太陽と月の角度が観月に最も良い時節」なんだそうです(wikipedia)。

  月を愛でる習慣は古来のもので、縄文時代にはすでにその風習があったとか。月は花(桜)とともに和歌の定番で、藤原道長が我が世の繁栄を、欠けたところのない望月(満月)になぞらえ謳歌したことは有名ですが、この二つは、華やかさとはかなさ(盛りを過ぎると消えてゆく)という、日本人好みの価値観を反映しているのでしょう。中国などにも満月を鑑賞する文化があるそうですが、ヨーロッパには「満月は人の心をかき乱し、狂わせるものである考え方」(同)があり、このあたりは洋の東西でとらえかたが随分異なります。

  昨夜は天候も悪く、あまりお月見には適さなかったようですが、一雨過ぎた今夜、東の空に見事な月が現われました。

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  これまでずっと、蒸し暑い日が続いていましたが、この雨を境に一転、外は肌寒いほどの涼しさです。今日は秋分、その前後あわせて1週間がいわゆる「彼岸」ですが、これほど異常な気候でも「暑さ寒さも彼岸まで」が当てはまるのだから、不思議なものです。

  雨が上がって空気も澄み、きりっとした空に浮かぶ月。見る限りほぼ円形ですが(※)、十五夜からは一日過ぎているので十六夜、これは「いざよい」と読みます。

  ※ 調べたところ、「十五夜」と「満月」は必ずしも一致しないようです。それは、旧暦の一日が新月(月齢0)の含まれる日、そこから満月までの平均日数は約14.8日(15日を超える場合もある)で、タイミングによっては満月が16-17日目に入ってしまうケースが生じるためです。今回の場合、実際には今夜の方が満月に近いようです。

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  この、俗に言う「うさぎの餅つき」が写りこむよう試行錯誤しました。最初に撮ったのはただの白い円になってしまい、露出補正をかけたり、フィルターをかけてみたり、三脚まで取り出してようやく陰が出ました。それをフォトショで目立つように補正しています。

  ちなみに、十七夜以後は立待月(たちまちづき)、居待月(いまちづき)、寝待月(ねまちづき)、更待月(ふけまちづき)と、月見の「予備日」が設けられていました。「いざよい」には「ためらう」という意味があるそうで、その後は立って、座って、寝ころんでと、日を追ってしだいに遅くなってゆく月の出を「出るまで待とう」と待ちかまえた昔の人たちの姿が思い浮かびます。

  日が暮れれば何もすることがなかった時代、風流に月をめでるか、それにかこつけて宴に興じるか。いずれにせよ、秋の夜長をそれなりに楽しもうという知恵だったのでしょう。そして今日は秋分、冬に向けて、昼より長い夜の訪れが日ごとに早まってゆきます。

  (余談)母によると、私の妹が生まれた夜も満月だったそうで、その日付を調べてみると今夜と同じ「中秋の十六夜月」の晩だったようです。

ちょっとした仕様変更

  このBLOGについてですが、左側の項目を少し変更しました。

  従来「月別アーカイブ」として、月ごとに過去の記事へのリンクがありましたが、そのぶんがかなり長くなってきたこともあり、このたびそれに代えて「カレンダー」を設置しました。過去記事はこちらから辿っていただくことができます。

  これだと、更新サボリが一目で分かってしまいますが(苦笑)

駅#089 知和駅

ちわ:JR因美線

  岡山と鳥取を結ぶ陰陽連絡の一端を担った因美線。かつて、急行「砂丘」などが駆け抜けたこの路線も、峠越えの貧相な線路が災いしてメインルートを外れ、津山~智頭間は完全なローカル路線となってしまいました。

  津山側からたどると、美作加茂を過ぎて、いよいよ山越えにかかろうかという途上に、この知和駅があります。

駅舎(2009.11.7)
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  まだ「砂丘」が健在だった1996年に因美線に乗りましたが、そのときこの知和駅は、列車で通り過ぎ車内から眺めただけでしたが、小さな木造の駅舎は、その何かが印象に残る駅でした。

  2009年秋、車で「みかさかスローライフ列車」を追ったとき、この駅に立ち寄りました。前後の美作河井、美作加茂駅は「スローライフ列車」のイベント駅で、乗る人も撮る人も大にぎわいだったのですが、知和駅はおそらくいつものまま、その有様は昔と驚くほど変わっておらず、なにか時が止まったような空間でした。

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  昔のままと思われる改札口。ささやかな飾り付けがされています。無人駅では、駅舎が残っていても窓がふさがれ、落書きがあったりして荒廃している場合が少なくありませんが、おそらく地域に大切にされているのでしょう。私が初見で感じた「何か」は、そこにあったのかもしれません。

  現在、普段はローカル向けディーゼル車が1両で運転される因美線。そのうち数本は「快速」と称して、利用者の少ない駅を通過してしまいます。(多分合理化のためと思われますが、ただでさえ数少ない列車をわざわざ通過させることのメリットが、いまいちよく分かりません。)こうした徹底的な合理化のために、知和駅に停まるのは津山行きが1日6本、智頭行きは5本でその「一番列車」が12:09という有様で、利用の実態は推して知るべし。それを考えると、人がいなくても「駅」としての形を立派にとどめているのは、むしろ奇跡的なことに思えます。

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  ホームから線路(津山方面)を望む。すすきが夕日に照らされ、ここに列車が来てくれれば実に絵になりそうなシーンですが、あいにくそのチャンスはありませんでした。


  追記:こんな取り組みがあったそうです。

秘境の駅「JR知和駅」の魅力アップを図る”あなたのアイデアや構想”をお聞かせください。
そして一緒に地域づくりを楽しみませんか?

「こんな駅に・・・」「こんな景色があれば撮影ポイントに・・・」「こんなイベントを・・・」など、ご応募ください。

あなたのアイデアが、知和駅の魅力をさらに高めます。


http://www.city.tsuyama.lg.jp/index.cfm/23,30976,173,html(津山市HP)

  締め切りは9月21日。本日必着でした。もう間に合いませんね(苦笑)

駅#088 浜坂駅

はまさか:JR山陰本線

  山陰本線を京都側から辿ると、兵庫県内の主要駅としては最も鳥取寄り、近畿の北西の果てといえる位置です。もとは浜坂町の中心駅でしたが、湯村温泉で名高い温泉町との合併により「新温泉町」の一部となりました。合併後の地名にはいずこも苦労の跡がうかがえますが、末永く使うべき地名に「新」を冠してしまっては、数十年後に一体どうするのかという気もします。

浜坂駅舎(08.12.31)
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  山陰の中規模駅としては典型的なスタイルの鉄筋平屋。駅前には、ありがちな顔出し看板がありますが、見ての通り「カニ」です。城崎温泉、香住、そして浜坂と、北兵庫の町々は冬場はカニを売りにしています。しかしこれらの中でも、浜坂は特に「寂れている」との印象が否めません。

  もともと山陰本線は、「裏街道」ながらも一本の軸として、それなりに幹線としてのステータスを有していました。東京からの寝台特急「出雲」、京都からの特急「あさしお」、大阪からの「まつかぜ」「はまかぜ」。これらの特急が浜坂を介して鳥取、米子へと結ぶ役割を果たしていました。手元にある20年前の時刻表からは、まだそのような姿がうかがえます。浜坂もその拠点のひとつでした。

  しかし、城崎までの電化、鳥取へのバイパス線である智頭急行の開業などにより、城崎から先の区間の存在意義は薄れ、今や浜坂に至る特急は「はまかぜ」2往復だけになってしまいました。衰退の一因になった余部鉄橋は、この8月に架け替えられ、風による運休は大幅に減るとみられますが、時既に遅しの感があります。

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  最近ではあまり見られなくなってきた、パタパタ式の発車案内装置が健在。電光式にはない味があります。同種の表示器は香住駅にも残存し、これが特急停車駅なりのステータスだったのだろうと思われます。

豊岡方面行き(左)と鳥取方面行き(右)の接続(04.5.3)
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  ホームは2面3線。この駅は、列車運用の境界にあたり、普通列車はすべて東西で乗り換えとなります。上の写真のように、ホームを別にした乗り換えになる場合もあり、その場合は地下道を通って移動しなければならず、不便を強いられます。このあたりは何とか工夫して頂けないものかと・・

駅脇には給水塔も残る(08.12.31)
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  私が初めて浜坂駅を訪ねたのは1994年10月のこと。駅から西へ歩いて20分ほどの、浜坂ユースホステルに宿泊しました。(ユースホステルについては、また何かの機会に扱いたいと思います。)その後も2001年、04年、08年と、何度か浜坂に立ち寄っていますが、残念ながらやはり、来る毎に寂しくなっているなという印象を受けます。(理由は定かではありませんが、浜坂YHも現在休業状態のようです。→サイト)なかなか、あえてここまで足を運ばせるような「目玉」がないのが現実でしょう。それでも、自分にとっては印象深い土地のひとつであり、橋の架け替えを機に、何とかなってほしいなと思うところです。

去りゆく列車

  ここ数ヶ月は、撮影を目的としたお出かけがめっきり減っています。第一の理由は、やはりあの猛暑。夏の間は何をする気も起きませんでした。(佐用町のひまわりを見に行ったくらいです。)

  9月に入り、三田方面にちらっと行ってきましたが、相変わらず体調が芳しくないので、後々の影響も考えるとそれ以上のお出かけには躊躇してしまいます。見たいもの、行きたいところは沢山ありますが、個人の事情をいじってまでという気合いがなかなか乗らないのが現状です。

  見たいもの、というと、今年から来年にかけて、去る列車、来る列車が目白押しとなっています。そのうちのひとつが、このBLOGでも何度か取り上げた、特急「はまかぜ」。

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  昭和43-47年製のキハ181系車両が、最後までがんばり続けてきたこの特急。悪く言えば、最後まで近代化から取り残されてきた列車といえます。黒煙を激しく噴出して走る様は、力強さを感じさせる半面、いかにも環境には悪く、懐古趣味的な観点を除けば文字通り「鼻つまみ者」になっていた感があります。

  このたび、余部鉄橋の架け替え(今年8月に完成)と合わせて車両も入れ替えられることになり、ステンレス車体のキハ189系が新たに開発されました。昨日・本日に豊岡・香住・浜坂各駅にて展示会が行なわれ、来月17日には姫路・神戸駅でも車両が展示されることになっています。→JR西日本サイト

  この置き換えは2010年度中に行なわれることになっており、11年春の改正で更新されるかと思われましたが、北兵庫の冬季カニシーズンに間に合わせるべく前倒しされ、11月7日から189系で運転されることになりました。181系は今年度中、臨時列車などに使われることになっていますが、定期的な走行は11月6日までということになります。

  私は、2008年の新幹線0系引退のときなどの経験から、引退の見込まれる車両は早めに(できれば正式決定する前に)マークしておくべきだと感じています。Xデー間近になると注目度が高まり、「日常」の光景ではなくなりますし、落ち着いてキャッチすることができなくなるからです。また、そういうときに撮影するのは基本的に避けています。いわゆる「撮り鉄」の流儀を知らないために、顰蹙を買ってしまうからです。(そこにいられると邪魔だからどけ、と言われたことが二度三度。)

  そういうわけでキハ181系のはまかぜも、昨年のうちに追いかけていました。(例えばこちらは、昨年10月に出かけたときのもので、ビデオは2009年中に撮影したのを編集したものです。逆に今年、「はまかぜ」を撮影したのは3度しかありません。

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  同様に、今後近いうちの引退が決まっている列車を挙げます。

新幹線100系 
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  現在、山陽「こだま」専用で4-6両編成。九州新幹線全通などに伴って置き換えられ、2011年度中に全廃の見込み。グレー基調の塗色になっていますが、最後まで残る3編成は、本来の青白ツートンカラーに戻されることになっています。

485系 特急「雷鳥」
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  大阪~金沢間に1往復だけとなり、来春には「サンダーバード」に置き換えられて消滅。国鉄特急電車の大所帯だった485系が、ついにJR西日本から消えることになります。

九州の485系
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  日豊本線の特急「にちりん」「きりしま」「ひゅうが」に残る九州の485系も、来春の九州新幹線開通に伴って余剰になる787系で置き換えられて、全廃する予定。

キハ58系
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  こちらの記事で書いたとおり、2011年春には基本的に一線を退きます。

  これらは私にとって、なにがしか愛着のある列車たちです。しかし今後、以前の0系のように、しゃにむに追いかけることはないと思います。きりがないので。「日常」であるうちに見送って、あとは思い出のページに収めてゆくことになるでしょう。

変わるもの、変わらないもの

  先日、幼少時代の最寄りだった阪神青木(おおぎ)駅を紹介しましたが、それに関連して当時の写真を紹介。

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  阪神深江~青木間にあった「本庄中央公園」という公園にて。写っているのは、多分1才頃の自分。通過する電車を眺めているので、「電車好きを予言していた写真」といわれます(笑)

  私は髪の毛の生えるのが遅くて、1才過ぎくらいまで薄頭でした。今とはかなり違います…。

  ※ ちなみに東京の姪も、6ヶ月くらいまでほとんど頭髪が生えていませんでした。おかげでよく、男の子と言われてたそうです。最近になってそこそこ生えてきたので、雰囲気がだいぶ変わってきました。

  このころは、この公園から少し北西(住所としては本山)の、父の会社の社宅に住んでいました。魚崎時代の建物は震災で損壊して現存しませんが、より古かった本山の社宅の方が今も残っています。周りが新しい建築ばかりになったぶん、そこだけが古びた空間になっています。

  時は移って2008年。震災などあって周囲の町並みは結構変わりましたが、本庄公園はほとんどそのままでした。

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  公園近くを通過してゆく電車。もちろん1才の時の記憶はありませんが、30年越しの同じ光景です。しかしまもなくこの線路は高架化され、ここからの風景も一変することでしょう。

  なお、芦屋~魚崎間については、きたる10月に仮線路への切り替えが完了し、その後下り線部分から高架橋の建設に着手するそうです。→阪神サイト

九州新幹線あと176日

  最近、九州新幹線関連の情報がラッシュしているので、ここらでちょっとまとめてみます。

開業は2011年3月12日(土)

  http://www.asahi.com/travel/rail/news/SEB201009150051.html(朝日)

  博多~新八代間の開業日が正式に決まりました。

本数は熊本まで4本/h、鹿児島中央まで2本/h

  (上記同記事)

  博多~鹿児島中央が1時間2本、博多~熊本はこれに2本追加して計4本にする方針。博多~鹿児島中央のうち少なくとも1本は新大阪まで直通の「みずほ」か「さくら」になる、とのこと。新大阪~鹿児島中央間の所要時間は、「みずほ」が3時間47分、「さくら」が4時間程度。

  現在、新大阪~博多間におよそ1時間1本の割合で「ひかりレールスター」が運転されていますが、これが鹿児島中央まで延びて、直通「さくら」になると考えるのが自然のようです。あとは九州内で停車駅をどう割り振るのか、緩急接続をどのように図るのかといったあたりが気になります。停車駅などは12月までに決定するとのこと。

「つばめ」、本州入りも?

  (上記同記事)および
  http://www.asahi.com/travel/rail/news/SEB201009090047.html(朝日)

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  九州新幹線内の各駅停車となる「つばめ」。基本的には博多での折り返しとなりますが、一部は小倉・新下関での折り返しも検討されているようです。九州新幹線沿線から北九州方面への利便性を確保することに加え、すべてを博多折り返しにすると博多駅の容量が厳しくなるので、折り返し点を分散させる目的もあるようです。実現すれば、九州の800系がJR西日本のエリアに乗り入れることになります。ただし本数は限定的で、新下関へは客扱いをしない折り返しになる可能性もあるとのこと。

気になるお値段は…

  http://www.asahi.com/travel/rail/news/OSK201009110163.html(朝日)

  http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20100912-OYT1T00014.htm(讀賣)

  「さくら」普通車指定席の場合で、新大阪~鹿児島中央間を18,000-21,000円、新大阪~熊本間を16,000-18,000円で最終調整しているとのこと。それぞれ、大阪伊丹~鹿児島・熊本間の通常期航空料金より5,000円以上安い。「みずほ」の場合は約500円増し。

  現状の乗り継ぎ(ひかり~リレーつばめ~つばめ)で新大阪~鹿児島中央間が21,000円超かかることを考えると、航空機との勝負をかけてかなり頑張っているという印象です。もちろん、航空機側も対抗してくると思われ、厳しいシェアの奪い合いになることが予想されます。

  http://www.asahi.com/travel/rail/news/SEB201009130005.html(朝日)

  九州内については、博多~鹿児島中央間が1万円前後、博多~熊本が4,5千円前後。こちらも高速バスなどとの競争もあり、回数券タイプの割引券でさらに値引きするかたちになると思われます。

同床異夢

  http://www.asahi.com/travel/rail/news/SEB201009150012.html(朝日)

  開業日の正式決定を受けてか、博多駅に、新幹線開業をPRするカウントダウン板が登場。その名も「西郷どーん」。15日の時点であと「177日」とのこと。

  しかし、熊本では「西郷どーん」にクレームがついて、除幕式が中止になったとのこと。確かに熊本に西郷さんでは、地元をすっ飛ばされた感じで印象悪いですよね。(かといって、ならば何を熊本のシンボルにするか、と言われると難しいと思いますが。)沿線自治体同士のライバル意識が、こんな所にもかいま見えます。

  九州新幹線は当初から、駅の設定に様々な地元の思惑が絡んだようで(そのため駅間が非常に短い区間があります)、ダイヤの策定も難航しているようです。JR西日本と九州、そして沿線各自治体がそれぞれの思惑を抱えたまま、開業は刻一刻と近づいてゆきます。

  いざ開業してしばらくすれば、利用実態に沿った形に収まってゆくと思われますが。




「九州新幹線準備室」

  専用紹介サイトが立ち上がったようです。

  http://kyushushinkansen.com/

  「西郷どーん」もいますよ。

駅#087 青木駅

おおぎ:阪神電鉄本線

  私が8才まで過ごした神戸・東灘。住所は魚崎でしたが、家の最寄りだったのは、阪神魚崎駅のひとつ梅田寄りの、青木駅でした。

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  駅自体は、線路の南北から地下通路に入り、改札を通って地上のホームに上がる構造でした。何度となく通ってきた、なじみ深い通路です。

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  日中は普通列車しか停まらない駅ですが、このように待避設備があります。昔はラッシュの時間の上り(梅田方面行き)だけ、急行が停車し、特急の通過待ちをしていた記憶があります。そんな光景も、鉄道好き少年には胸躍るものでした。ただし現在青木に停まる優等列車は、朝ラッシュ時に運転される当駅始発の上り区間特急のみ。かつて普通のみの停車駅だった隣の魚崎が、現在ではすべての列車が停まる要衝になったのと対照的です。

  現在、芦屋~魚崎間の高架化工事が進められており、写真の左側に仮のホームがあります。写真は2008年7月に撮影したものですが、翌09年春から仮線に切り替えられています。高架化の構想そのものは、私が神戸に住んでいたころからありましたので、約30年越しの実現ということになります。現在、武庫川~甲子園間の高架化も進められており、完成すれば芦屋市内を除いて、阪神本線のほとんどが立体化されることになります。嬉しい半面、なじみの光景が失われてゆく寂しさもあります。

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  駅前は下町然とした中にも一定の上品さがあり、思い出補正もあって落ち着きを覚えます。ただ、震災で駅前市場が全焼するなど、かなり変わってしまった部分もあります。駅が高架化されれば、また雰囲気も変わるのでしょう。

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  駅西側を流れる天井川。六甲山系から流れ下る川は、ひとたび大雨となると一気に流れ下り、昔から水害をもたらしてきました(灘区の都賀川の悲劇は記憶に新しいところです)。このためこの川を含め、普段の水量の割にかなり深く掘りこまれています。幼少のときは、川とはこういうものだと思っていたので、よその場所の平たい川原がかえって不自然に思えたものでした。この橋の風景も馴染み深いものでしたが、背後の阪神高速の高架も震災後に大きく様変わりし、景色はだいぶ変わりました。

実りの季節へ・2

  JRの三田付近で撮影したのと同じ日、神戸電鉄二郎付近でも写真を撮っていました。(時間はこちらのほうが早いです。)

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  下り三田行き。もう少し光が出てくれれば稲は良い色になったと思いますが、電車のコントラストがきつくなる。微妙なところです。

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  上り新開地行き「急行」。朝ラッシュの、一応速達列車ですが、所要時間的にはあまり速くありません。遠近分離の意味合いが強いのだと思います。

実りの季節へ

  台風が通過したりもしましたが、相変わらず気温が高い日々が続いています。どうも夏の疲れが出ているのか、いまいちすっきりしない日々が続いています。

  それでも季節は巡っており、田園部では稲穂がついて黄色みを帯びてきました。かつて日本が「黄金の国」と呼ばれたのはこの色だ、などとも言われますが、晴れた日に照らされる一面の稲田を眺めると、得心のゆく風景です。

  さて、1週間ほど前に、三田の福知山線沿線に出かけてきました。桜、新緑、水鏡、そして稲穂と、季節折々にいろんな写真の撮れる、お気に入りのポイントです。

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  朝日照る稲田と通勤電車。もっとすっきり晴れるかと期待したのですが、薄雲がかかった感じで、見栄えとしては今ひとつです。ちょっと残念。

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  ひまわりと電車。このタイプのひまわりは、結構秋の遅い時期まで咲いていたりします。

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  福知山線を113系が走るのはラッシュ時限定。今や同線では数少ない国鉄世代です(一方で特急が国鉄車だったりしますが)。たまたま113系のすれちがいをキャッチ。

野球を見に行ったはずが。

  今夜は珍しくスカイマークスタジアムで、阪神-中日戦があるということで、行ってきました。

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  感想:花火がきれいでした。


  以上。 ・・・アレ?


  余談:私見として、スカイマークは「野球を」ゆったり観戦するには実に良い球場です。(甲子園は、「野球観戦というイベント」の場だと思っています。)オリックス主催試合が京セラドーム主体になり、プロ野球で使われることが少なくなったのがもったいない。

[続・百景]#103 木々の彩、紅の道

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2009.11.25 龍野公園

  春、夏、そして秋へと移りゆくなかで、風景はそれぞれの色を帯び、そして色を失ってゆく。晩秋の燃え立つ紅葉は、その最後の輝きともいえようか。

  西播磨の龍野公園。赤や黄色に色づいた葉が頭上に重なり合い、グラデーションをなしている。差し込む日の光にフィルターをかけ、柔らかい暖色の空間を造り上げている。小道には、ちりばめられた落ち葉。踏みしめる足下に、去りゆく秋の余韻。

[続・百景]#102 次代への橋

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2009.10.28 餘部

  明治と平成。月並みな表現だが、今まさに「世代交代」を目の当たりにしているのだ、と思った。

  百年の風雪を耐えてきた真っ赤な鉄橋。多くの人を魅了し、時に悲劇の舞台となった余部橋梁。その背後には、コンクリート製の新しい橋脚が既にその姿を現している。橋脚から左右にのびる橋桁は、まもなく相互につながろうとしている。これだけの橋をかけるのは数年来の大事業だが、一世紀にわたる鉄橋の歴史からすれば一瞬のすれ違い。今の鉄橋は、これだけの威容を誇りながら、来年の今頃にはもう姿を消しているのだ。

  その上には、特急「はまかぜ」の姿。いつしか、この鉄橋を渡る唯一の特急となってしまったが、橋の架け替えにあわせて、車両の新旧交代が予定されている。こちらも残り少ない務めを全うすべく、山間の集落に不似合いな巨大クレーンを横目に、ゆっくり進んで行く。