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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

締めくくり

  2010年最後の記事となります。今年一年ありがとうございました。

  大晦日の今日、昨日に続く全国的な寒波襲来で、各地で積雪があったようです。自宅周辺では振りませんでしたが、一日を通して3℃ほどにしか上がらず(夜には再び氷点下。アメダスデータより)、寒風吹きすさぶ厳しい一日になりました。

  自宅前では、バイクのシートにたまった昨日の雨水が凍結し、日中でも厚さ5mmほどの氷が張っていました。

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  明日からもしばらく、気温の低めな日が続くようですので、皆様気をつけてお過ごし下さい。2011年も、どうぞよろしくお願いします。
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厳しい年越し

  今日は、朝から午後まで冷たい雨。一時は雪になりました。明日にはさらに厳しくなり、平野部でも積雪かもという予想が出ています。

  以前に屋外での配達の仕事をしていましたが、一番嫌だったのが、冬場の雨降りでした。暗いし寒いし、雨で上着が重くなる。体の動きが悪くなる上に、安全面でも余分に気を遣うので、疲労感が半端ないものでした。年の瀬の追い込みで、この悪天候の中を走りまわっていた方々には、ご苦労様というほかありません。

  例年、年末年始は「雪見旅」と銘打って出かけるのが常でした。理由は簡単で、冬だから冬らしい景色を見たい、ということです。寒いのが苦手なくせに、こういうときだけは元気になるのが、われながらゲンキンだと思いますが。ただし、今シーズンは今のところ予定していません。気が向いたら突発で行くかもしれませんが…

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  12月のまとまった積雪は、5年前の2005年にありました。上はそのとき、庭先の樹の枝を撮ったものです。近年、交通に支障をきたすほどの積雪は、1シーズンに一度あるかどうかというくらいですが、大晦日や正月にそれが当たるとなると、また厄介なことになりそうです。

あと2日

  2010年も、残すところ約2日となりました。

  ここしばらくは、自室の掃除とプチリニューアルに明け暮れていました。リニューアルといっても大きく模様替えしているわけではなく、使い勝手を良くするためのマイナーチェンジが主体で、労力の割にダイナミックな変化がありません。だから「プチ」なわけですが(苦笑)

  目指すのは「極力シンプルスッキリ」。利用頻度の高いものだけを手元に置き、できるだけ目に付くものを減らそうという狙いです。

  写真や土産物など、部屋に飾っていたのもだいぶ隠しました。デザインセンスのある人なら、多く並べても装飾として見栄え良くできるのでしょうが、私がやってもうるさくなるだけなので。また、色を合わせるのも今ひとつうまくないので、いっそ統一する方向で。サイトと同じく、白orベージュ・ブラウン系で極力合わせる作戦です。

  年末までに、なんとかメドは立ったかなというところです。

  さて、今度の年末年始は大荒れの予報。最近の気候の変化には、いちいち激しい雨風が伴うので、参ります。12月31日には、兵庫南部に「風雪強し」の予想が。ある意味、2010年らしい締めくくりとなりそうです。

写真で振り返る2010年(4)

  残暑が続き、秋の到来の遅れた2010年、10月に入っても、なかなかすっきりした秋晴れに恵まれませんでした。

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  「世界ジオパーク」への認定が決まった山陰海岸。切浜海岸と淀の洞門を望む。天気はやっぱり微妙。

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  8月に架け替えられた余部橋梁。鉄骨製の旧橋は一部が保存される模様。

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  11月6日、新型車への置き換えに伴い、特急「はまかぜ」としてのラストランとなったキハ181系。臨時列車「かにカニはまかぜ」としての運転も先日終了し、来春には完全に引退となります。

年末年始の企画切符まとめ

  この年末年始に、兵庫県内の鉄道各社が発売する企画乗車券の概要をまとめます。詳細は各社サイトでご確認ください。(年末年始限定の、乗り放題形のものに限ります。価格は大人のもの。)

<JR西日本:「元日・JR西日本乗り放題きっぷ」> →詳細

 利用範囲:JR西日本(山陽新幹線含む)・智頭急行線全線の特急・急行・普通列車・宮島フェリー。
 発売期間:12/10~12/30
 利用期間:1/1
 価格:普通車用14,000円 グリーン車用16,000円


<阪急・阪神:「阪急阪神ニューイヤーチケット」> →詳細

 利用範囲:阪急・阪神・神戸高速全線
 発売期間:12/29-1/11
 利用期間:1/1-1/11のうちの1日間
 価格:1,000円 (+能勢電鉄版1,300円)

 ※通常の「阪急阪神1dayパス」が、神戸高速線を含まず1,200円なので、それよりお得です。


<阪急:「ぐるっと初詣パス」> →詳細

 利用範囲:阪急宝塚・箕面・伊丹・今津線の全線、神戸線梅田~夙川間
 発売期間:12/29-1/7
 利用期間:1/1-1/7のうちの1日間
 価格:500円


<阪神・近鉄:「阪神・近鉄初詣1dayチケット」> →詳細

 利用範囲:阪神・神戸高速全線、近鉄大阪難波~奈良、生駒ケーブル
 発売期間:12/1-1/16
 利用期間:1/1-1/16のうちの1日間
 価格:1,500円


<神鉄:「神鉄・高速全線 年末・年始1dayパス」> →詳細

 利用範囲:神鉄・神戸高速全線
 発売期間:12/20-1/3
 利用期間:12/29-1/3のうちの1日間
 価格:900円


<山陽:「山陽・高速 新春全線パス2011」> →詳細(トップよりリンク)

 利用範囲:山陽・神戸高速全線、山陽バス
 発売期間:12/20-1/3
 利用期間:12/31-1/3の4日間
 価格:1,600円


<神戸市交通局:「市バス・地下鉄共通 年末年始3dayチケット」> →詳細

 利用範囲:市営地下鉄・市バス全線
 発売期間:12/20-1/3
 利用期間:12/30-1/3のうちの3日間
 価格:1,000円


<智頭急行:「智頭線満喫 普通列車一日乗り放題きっぷ」> →詳細

 利用範囲:智頭急行全線(普通列車のみ)
 発売期間:12/1-1/20
 利用期間:12/10-1/20のうちの1日間
 価格:1,000円


余談:

  JR西日本が2月に予定している九州新幹線直通列車の試乗会ですが、計800名(200名×4回)の定員に対し、181倍にあたる51,579件の応募があったとのことです。もしやと自分も申し込んでみましたが、笑うしかない倍率でした。

  もし万が一当たっていれば、1月15日までに通知が来ることになっているので、そのころここが何事もなかったかのような進行であれば、何事もなかったということです(笑)

  当日は、西明石駅あたりで見送ろうかな~

写真で振り返る2010年(3)

  今年の夏は記録的猛暑でした。そんな中、8月に佐用町のひまわり祭りへ。

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  見ごたえのあった、大輪のひまわり。でも強烈に残った印象はやはり「暑かった」。

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  この春より高速化した姫新線。昨年は佐用町洪水の被害を受けましたが、間に合いました。

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  9月に入っても残暑が長々と続き、ようやく彼岸花が咲き出したのは、9月も末のこと。写真の特急「北近畿」は、来春の改正で「こうのとり」と改称され、6月頃までには半数が新型車両に置き換えられます。

写真で振り返る2010年(2)

  引き続き、2010年の旅と鉄道を写真でおさらいします。

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  4月。今年は、桜の開花が早く、その後冷え込んだため、花が長く咲き続けていました。上は嵐山にて。木々の見事さと、どこを切っても絵になる風景は、さすが京都の名所です。素晴らしい晴天にも恵まれました。

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  この春は阪急電車を使って、嵐山や夙川などの桜を堪能できました。

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  5月。新緑の時期の神鉄沿線。神鉄は苦戦が伝えられ、このBLOGでも結構厳しいことを書きましたが、単に援助を請い願うだけでなく、既存の資源を活用しながら、魅力を高める工夫も見せて欲しいところです。

九州新幹線ダイヤ発表!

  掲示板で、ヒロシ。さんが知らせてくださいましたが、来春全通、直通化が予定される九州新幹線のダイヤが、早くも公表されました。

JR九州「九州新幹線準備室」サイト
  時刻表(PDF)

  通常、ダイヤの詳細が明らかにされるのは、改正から1ヶ月ほど前に発売される時刻表上でのことですが、今回は異例の早さ。それだけ、JRも期するものがあるのかもしれません。

  それでは早速、このダイヤを「解析」してみたいと思います。説明が複雑になるので、適当に読み飛ばしていただければ幸いです(笑)

  下り(博多→鹿児島中央方面)を基準に見てゆきます。



<博多→熊本>

基本的に「つばめ」(各停)と「さくら」「みずほ」(速達)が交互。
山陽方面から直通する初めの列車は、新大阪6:00発の「みずほ601号」で、博多で「つばめ335号」に15分の接続。「みずほ601号」の熊本到着は9:00で、新大阪からジャスト3時間。
この時間帯の「さくら」は、新鳥栖と久留米のいずれか、または両方に停車。

<熊本→鹿児島中央>

朝の時間帯は、「つばめ」「さくら」とも、おおむねこの区間では各駅停車。
朝一番に、川内6:00始発の「つばめ321号」があり。
「みずほ601号」は区間内ノンストップ、熊本で「つばめ333号」に5分の接続。

日中

1時間中4本のパターン。
(1)東京発「のぞみ」または新大阪発「ひかり」→博多(一部新下関)~[さくらA]~鹿児島中央
(2)東京発「のぞみ」→博多[さくらB]~熊本
(3)新大阪~博多~[さくらC]~鹿児島中央
(4)東京発「のぞみ」→博多~「つばめ」~熊本

停車駅は
「さくらA」:[新鳥栖・久留米のいずれか]、熊本から各駅
「さくらB」:新鳥栖、久留米
「さくらC」:[新鳥栖・久留米のいずれか]、一部のみ[筑後船小屋、新大牟田、新玉名のいずれか]、熊本、川内
「つばめ」:各駅

夕方以降

<博多→熊本>

基本的に「つばめ」(各停)と「さくら」「みずほ」(速達)が交互。
「さくら」「みずほ」は、新大阪から直通と博多発が交互。
「さくら」は、新鳥栖と久留米のいずれか、または両方に停車。
博多発最終「つばめ」は筑後船小屋止まり

<熊本→鹿児島中央>

速達(「さくら」「みずほ」)と各停が交互。ただし20時台はいずれも各停。


上りは概ねこの逆のパターン。
最終速達の「みずほ606号」(鹿児島中央19:52→新大阪23:37)は、熊本で「つばめ368号」と接続し、川内~新八代各駅から最終便への便宜を図る格好になっています。

  なお、山陽~九州直通列車は、新下関折り返しの2往復を除き、すべて新大阪発着となるようです。(岡山や広島などでの折り返しはなし)

  参考までに、新大阪を朝一番に出た場合の到達時間の比較です。(平日、2010.3ダイヤ→新ダイヤ。ただし新ダイヤは博多・熊本・鹿児島中央以外は発時刻)

博___多 08:29 → 08:25(-04)
鳥___栖 08:58 → 08:54(-04) 新_鳥_栖
久_留_米 09:04 → 08:59(-05)
船_小_屋 09:55 → 09:07(-48) 筑後船小屋
大_牟_田 09:27 → 09:14(-13) 新_大牟田
玉___名 09:39 → 09:21(-18) 新_玉_名
熊___本 09:59 → 09:00(-59)
新_八_代 10:20 → 09:17(-63)
新_水_俣 10:36 → 09:32(-64)
出___水 10:43 → 09:40(-63)
川___内 10:55 → 09:52(-63)
鹿児島中央 11:08 → 09:46(-82)


  あとは料金体系の詳細がどうなるか。JRは割引切符の発売にも含みを持たせており、そのあたりの情報を待ちたいところです。

冬至の翌日/写真で振り返る2010年(1)

  ・・と、昨年も同じ日に、同じタイトルの記事を書いてるわけですが。

  冬至の日、ではなく、その翌日に取り上げようと思うのは、今日から日が長くなるんだという、そんな嬉しさがあるからかもしれません。

  さて、今年も残すところあと1週間余り。せっかくなので、写真を通して1年を振り返ってゆきたいと思います。

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  1月には、青春18きっぷを使って、信越方面への旅行を敢行。夜行快速「ムーンライトえちご」をはさみ、大きく円を描くルート取りは、特に20代のころに多用したスタイルです。日をまたぐ遠出の旅行は、とりあえずこの旅で封印することにしていたので、その集大成としての意味も込めました。

  大糸線では、白銀の北アルプスが、全容とまではゆかないまでも、見事な姿を見せてくれました。

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  3月。ダイヤ改正に伴い、最高時速300km/hの金字塔を打ち立てた500系車両が、「のぞみ」の任を退きました。2008年の0系引退後は順次、「こだま」への転用が進められてきましたが、この「こだま」(左)と「のぞみ」(右)での顔合わせも、過去のものとなりました。来春には九州新幹線の全通などにより、さらに大規模な世代交代が進むことになります。

最近の(鉄道系)ニュースから

  この時期は、出かける機会がないので目新しい話題がなく、写真でごまかすこともできないので(苦笑)、なかなか新鮮なネタがありません。

  そういうわけで、asahi.com(朝日新聞サイト)の鉄道系ニュース(→記事一覧)から、気になったものをピックアップして取り上げてみたいと思います。

■3時間の贅沢

「はやぶさ」速くて快適 東北新幹線新型車両E5系公開(12月14日)記事

  来春、東北新幹線東京~新青森間に新たにデビューする「はやぶさ」。新登場の「E5系」は最高速度300km/hで、この区間を最速3時間10分で結びます(将来的にはさらにスピードアップを予定)。

  「はやぶさ」のセールスポイント、それは「新幹線版ファーストクラス」の「グランクラス」。1両の客室に、本革張りの座席をわずか18席。専属アテンダントがつき、スリッパや毛布、軽食などの提供もあるとのこと。東京~新青森間で通常料金より+1万円。

  戦前および戦後しばらく、日本の鉄道車両は「一等車」から「三等車」までがありました。当時の一等車は「貴賓車」といえるもので、運賃も全く違っていたといいます。のちにこの等級制は廃止、二等車の流れをくむのが「グリーン車」、三等車が今の普通車です。「グランクラス」は、見方によっては、かつての一等車の再来といえるかもしれません。さて、「現代の一等車」はどう評価され、支持されるか。

■「北線」の苦難

大糸線、廃線の不安に揺れる沿線 1両が結ぶ地域の足(12月20日)→記事

  大糸線は、長野県松本と、新潟県糸魚川を結ぶ路線。途中南小谷を境に、以南はJR東日本の電化区間、以北はJR西日本の非電化区間となっています。

  存続が危ぶまれているのは、この北側区間。1995年には大規模な水害が発生して2年にわたり不通に。災害のリスクが高い上に、県境にあたるため利用は少ない。記事では、「姫川温泉」最寄りの平岩駅のことが書かれていますが、私は昨年8月に訪れており、その寂れ具合を目の当たりにしています。やはり、2年にわたる交通の途絶が致命的だったようです。

人けのない平岩駅前
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  そして、近づく北陸新幹線開通に合わせて並行する北陸本線が第三セクター化されるなら、JR西日本の線としては孤立することになり、これが「切り捨て」の契機になるのでは、との危機感があるようです。

  今春までこの区間で走っていた、最古参気動車「キハ52」が引退し、代わりに来たのは、岡山にいたキハ120。デザインは岡山時代のままで、このあたりにもなげやりな姿勢を見て取れます。

  遡れば、この区間がJR西日本の受け持ちになったことが、不幸の始まりだったといえます。ただ一方で、JR東日本でも、岩手県の岩泉線が、土砂災害に伴う脱線事故を機に7月末より不通になっていて、復旧の目処は立っていません。現状維持で精一杯なローカル線において、こういうダメージは即、存廃問題につながる際どさがあります。

月食・・

  明日12月21日、夕方に皆既月食が観察できるそうです。以前に月食の話題を取り上げた記事を見返すと、確かに触れられています。

  しかし今回はあいにく、天候に恵まれない模様。明日は「晴れのち雨」という極端な予報が出ており、昼から一気に崩れそう。残念な話。

  振り返ると、今年はとにかく、この極端な気候に悩まされ続けました。恒例の「今年の漢字」は「暑」だったとのこと。そのものズバリでひねりのない選択だなと感じる一方で、これ以上の強い共通認識はなかった、というのは、疑う余地がありません。

ストローの罠

  先日、東北新幹線が新青森まで開通、そして来春には、南は鹿児島までつながります。これはもちろん、沿線地域にとってはめでたいことなのですが、必ずしも良いことばかりとはいえません。むしろ、衰退の引き金になることさえあるのが現実です。

  これを的確に表現しているのが、「ストロー効果(現象)」という言葉です。例えば、Wikipedia記事ではこのように説明されています。

  交通網が整備されると、交通基盤の「口」に当たる市町村・地域に経済活動が集中し、「コップ」に当たる市町村・地域の経済活動が逆に衰える現象である。特に長く細い(=1本の)通り道だけで大量の移動が起き、途中の中継地に移動に伴う経済効果がほとんどないのを特徴とする。

  交通の利便性の悪さや所要時間の長さ、運賃の高さなどによる制約(が)、高速交通網などが整備され制約から開放されると、地元住民はより魅力的な商品や品揃えを求め、より多く良い仕事を求め、より良い学校に通学するため域外に出る。その一方、域内への流入はほとんど増えず、観光客についてもほとんど変わらないばかりか、むしろ宿泊や食事などの減少を招くことになり客単価が低下する面がある。これらのため、より大都市へと購買力などが集中し、田舎側の地方都市は衰退することがほとんどである。


  もともとこの言葉は、瀬戸大橋の開通に際してある人が述べたもので、本州と四国が橋という「ストロー」でつながることで、四国の美味い部分が本州に吸い取られてしまうであろうと警告したのが始まりとのことです。末端も経路も恩恵を受けず、結局は根元の側が肥大化するだけだという皮肉な現象です。

  新幹線や高速道路といった交通網の整備は、多くの場合このような結果をもたらしてきました。そして今、東北や九州も、期待とは裏腹に、同様の懸念を持たれています。

  この動きに拍車をかけているのは、企業などが合理化のために、拠点を集約していこうという流れです。青森や鹿児島に支店を持っていたのを引き払って仙台や福岡などにまとめ、必要なら新幹線で出張させよう、というわけです。当然地域の雇用は滞り、地域の地盤沈下を招くことになります。

  地方側も、手をこまぬいているわけではなく、地域に人を呼ぶためのPRを盛んに行なっています。しかし、よほど強い魅力とメリットを打ち出せない限り、待つのは厳しい結果です。

  もちろん、地域にとって悪いことばかりではありません。例えば、母の実家のある鹿児島県の出水は、九州新幹線の開通により、鹿児島まで25分ほどで出られるようになりました。すると、例えば鹿児島の学校に行くのに、それまでなら下宿を余儀なくされていたのが、費用はかかるものの自宅から通えるようになります。また、新幹線駅として利便性が高まったことで、大規模店舗などが集まり、近年かなり様変わりしてきました。(これは旧市街の商店街を壊滅させ、近隣地域の経済を併呑するという、別のストロー効果を引き起こしているわけですが。)

  いずれにせよ、新しい移動のラインができることは、新しい人の流れを生み、街の様相を一変させることになります。どこが泣き、どこが笑うのか。蓋を開けてみなければ、なんともいえないところです。

2011春改正情報

  ここ数日の寒さにやられたようで、風邪気味っぽい管理人です。来週はさらに天候の変化が激しく、「クリスマス寒波」の襲来も予想されるらしいので、皆様もくれぐれもお気をつけください。

  さて、昨日、来春のダイヤ改正の情報が、JR各社から発表されました(JR北海道、東日本は確認できず)。以下に、各社の概要を示します。

■JR東海改正情報

・「のぞみ」の大半をN700系化
・快速「みえ」の増強

■JR西日本改正情報

・山陽新幹線と九州新幹線との直通運転開始
・北近畿地区の特急に新型投入、再編
・アーバン圏の快速増発などの見直し

■JR四国改正情報

・特急の設定時刻、停車駅などの見直し

■JR九州改正情報

・九州新幹線全通、山陽新幹線との直通
・在来線特急の大幅見直し
・新幹線アクセス快速、観光特急の新設

  このなかでの目玉はやはり、九州新幹線全通に伴う新幹線の直通化でしょう。新大阪~鹿児島中央間には、速達タイプの「みずほ」が4往復運転されるほか、通常1時間おきに直通の「さくら」が運転されることになります。

  下りでいえば、朝一番の新大阪6:00発が「みずほ601号」となり、鹿児島中央着が9:46(所要3時間46分。最短は、上り「みずほ604号」の3時間45分)。現在、新大阪発6:00の「のぞみ601号」から乗り継げば、鹿児島中央着は11:08なので、1時間20分以上早くなります。改正日である3月12日の「みずほ601号」が、新大阪から九州新幹線に入る一番電車となります。

  調整の難航したと思われる九州内の停車駅は、直通「さくら」については、列車によって新鳥栖・久留米のどちらか、および筑後船小屋・新大牟田・新玉名のどれかに停まるという、ある意味で公平な分配になりました。熊本以南の新八代・新水俣・出水については、山陽直通タイプは通過、博多発着タイプが停車し、1時間おきの停車となります。(上記は日中のパターン。)

  母親の実家が出水なので、新神戸から出水への直通がどうなるかがひとつの関心事でしたが、どうやら日中に関しては、どのみち乗り換えが必要になってしまいそうです。

  詳細なダイヤについては、改正の1ヶ月ほど前に発売される時刻表を待たなければなりませんが、この発表でかなり実体が見えてきた感じがします。  

移行完了

  仕事上の必要などあって、今年はじめに、Windows7のパソコンを入手したのですが(記事)、これまでずっと、個人としては、中古のXPマシンのほうをメインに使い続けていました。やはり「慣れ」の部分が大きかったのと、ソフトウェアや周辺機器の対応の問題があったためです。

  徐々に移行しようと思いつつズルズルと1年近くが経過、結局今になって、やっと移行することになりました。

  きっかけとなったのは、主に仕事用に使っていたレーザープリンターが故障して、買い換えた(例によって、オークションでの中古品ですが)ことでした。以前のプリンターは接続上の問題から、Win7マシンでは使えず、これがXPマシン続行の一因となっていたわけですが、レーザープリンターが新マシンで使えるようになったことから、図らずも問題のひとつがクリアされました。

  ちなみに、送料とあわせて4,000円ほどで新しく入手したレーザープリンターは、印刷に若干ムラがあるものの、インクトナー・感光体ユニットとも半分ほど残っており、しばらくこのまま使えそうです。ただし、これら消耗品は、純正品なら万単位、再生トナーでも7,000円前後するようです。インクジェットでもそうですが、相対的にランニングコストの大きさが気になりますね。

  パソコンに話しを戻すと、ここ2日ほどかけて、配置転換と、もろもろの設定の移行を行ないました。というわけで、臨時のケースを除けば、この記事が初めて、新PCからの書き込みとなります。こういうのも、IDやパスワードの入力をやりなおしたりしなければならず、結構面倒だったりします。中には、メモしておいた記録がどこに行ったかわからないのもあったりして・・

  ソフトの対応などの面に不安はありますが、とりあえず様子を見ながら、今後は新マシンのほうをメインの作業用として使用してゆきたいと思います。

愚痴っぽい話

  サイトづくりを始めて10年以上になり、こうしてブログなども書いていますが、いつまで経っても、文章作成は得意になれるものではありません。

  「トラベラーズ ノート」の中で、私が一番苦手にしているのは、実は「旅日記」です。イメージをふくらませ、伝聞や経験をリアルに再現する、というのがどうも不得手なのです。

  これは日常会話でも同じで、人から「○○はどうだった?」と聞かれて話す場合でも、なかなか自然に伝えることができません。その場で適切な表現が思いつかず、そのまま会話が流れ、大抵は思うことの半分も言い表わせないものです。いわゆる土産話の類を巧みに話せる人が、うらやましい限りです。

  もともと学生時代から、文系か理系かといわれれば、間違いなく「理系」だった私。事実を調べ、まとめるのは苦手ではないのですが、それを上手に伝えられるかとなると話は別。

  このブログでも、写真を多用しているのは基本的に、あまり調子の良くないときです(苦笑)

龍野公園紅葉狩り(5)

  再び晴れてきたので、もういちど聚遠亭へ。

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  紅葉ならぬ「黄葉」。良いアクセントです。

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  見上げる空。

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  というわけで、この秋の龍野公園めぐりはここまで。

龍野公園紅葉狩り(4)

  龍野城は、もとは山城でしたが、江戸時代に脇坂氏が龍野藩に入ったときに、麓に行政府として御殿を建てるにとどまりました。現在の建物は、それを近年再建したもの。

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  周囲は、城下のたたずまいを残す仕方で整備されています。

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  周囲を散策している内に、再び日が照り出しました。塀の白壁に紅葉の赤みが。

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龍野公園紅葉狩り(3)

  引き続き、聚遠亭にて。

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  ちょっとした色合いの違いで、変化がつきます。

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  こういう庭園は、さりげなくもよく計算して配置されているんだなと思います。

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  困ったことに、日が陰ってきました。しばらく雲が晴れそうにないので、龍野城跡のほうへ行ってみます。

龍野公園紅葉狩り(2)

  龍野公園には、「聚遠亭(しゅうえんてい)」とよばれる庭園、紅葉谷、龍野城跡などの見どころがありますが、過去に訪れたのは紅葉谷のほうで、聚遠亭には行ったことがありませんでした。

  江戸時代から残る茶室を含めた一帯が庭園として整備され、ことのほか見事な紅葉風景を造り出しています。

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龍野公園紅葉狩り(1)

  11月29日、所用で再び姫路まで行くことになり、そこから少し足をのばして、たつの市の龍野公園へ出かけてきました。ここ数年の恒例となっている紅葉鑑賞。桜も美しい場所だそうですが、春の時期に行ったことはありません。

  この日は好天に恵まれたものの、風が強く、やや不安定な天候。紅葉は陽の光があってこそなので、滞在中雲が出ないことを願います。

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  見上げる空。紅葉は今年もいい色に染まっています。

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  緑から赤へのグラデーション。

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  木々の間で光に透かす。

特別展「鉄道と旅と文学と」(補)

  特別展の会場であった姫路文学館に着いたのは14時半ごろ。じっくりと堪能し、16時過ぎに外へ出ると、もう夕暮れの雰囲気でした。

  文学館からは、姫路城が望まれます。というより、姫路市街のどこから見ても、この天守は圧倒的存在であり、どこもかしこも「姫路城下町」。国宝にして世界遺産の存在感は伊達ではありません。

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  しかしながら、現在天守閣は改修工事中。足場にすっぽり覆われ、鳥籠の中にいるかのようです。これはこれで、期間限定の貴重なシーンだとはいえ、やはり興がそがれます。

  せっかくなので、夕刻の城まわりを歩いてみます。

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  紅葉をお堀に映す。夕日に照らされると、また独特の赤みが出ます。日が陰るまでの短いチャンスです。

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  イチョウの木を見上げる。頭上に気を取られると、ぎんなんを踏んづけたりするので要注意。あとでニオイが大変です。

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  姫路城の大手門。もう部分的にしか日が当たりませんが、それがスポットライトのように、門を照らします。

  見応えある展示と、城下の紅葉。じつに充実した姫路訪問でした。

たそがれ電車

  本日は訳あって、普段使用しているパソコンが使えず、別のPCからの投稿です。(前の記事は、既に下書きしていたのを公開したものです。)そういうわけで記事は簡単に。

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  神戸電鉄・美嚢川橋梁にて。昨日は大荒れの天気でしたが、今日は一転、穏やかな晴れ模様。日は射していても空気は冷たく、「秋晴れ」から「冬晴れ」に移りつつあります。今年は「秋晴れ」の日が少なかった・・

  これから12月下旬にかけて、最も日の入りの早い時期になります。気が急かされますが、この日差しがまた、独特のムードを醸し出します。

特別展「鉄道と旅と文学と」(7)

  最後は、宮脇俊三の紹介です。例によって茶色の説明はWikipediaからの抜粋。■は当該ページへのリンク。文中敬称略とさせていただきます。

宮脇俊三(みやわき しゅんぞう、1926-2003)

  日本の編集者、紀行作家。元中央公論社常務取締役。鉄道での旅を中心とした作品を数多く発表した。地理や歴史の深い教養に裏打ちされた簡潔かつ格調高い文章、軽妙なユーモアにあふれた文章を書くことで知られる。

  処女作『時刻表2万キロ』で、「鉄道に乗る」ことを趣味とする者の存在を世間に認知させ、第2作の『最長片道切符の旅』では「最長片道切符」を世に知らしめることとなった。これらの作品によって「鉄道紀行」を文学の一ジャンルにまでした、と評されることもある。

  晩年に刊行した『鉄道廃線跡を歩く』シリーズでは、「廃線跡探訪」という、これまでほとんど注目されていなかった鉄道趣味の新たな1ページを開くなど、鉄道趣味の歴史において大きな役割を果たしたことでも知られる。

「時刻表2万キロ」

  宮脇の作家デビュー作。1978年河出書房新社より刊行。同年の日本ノンフィクション賞受賞。鉄道を主題とした紀行文としては屈指の名作と言われている。

  筆者が、週末という限られた時間の中時刻表を駆使して、それまでに乗り残していた日本全国の日本国有鉄道(国鉄)の路線(主に盲腸線)約100線区(約2,000キロ)に乗車し、三年をかけて当時の国鉄全路線完全乗車(完乗)へ挑んだ過程を綴った紀行文である。タイトルの「2万キロ」は当時の国鉄の旅客営業キロが20,992.9キロメートルであったことによる。簡潔な中に風景描写やユーモアを織り込んだ文章は鉄道ファン以外にも受け入れられた。

  これによって「鉄道に乗る」こと自体を目的に旅をするということが趣味として認知されることになった。本作品は主として1975年から1977年の乗車記録であり、当時の鉄道路線、運行される列車、駅などの状況を示す記録となっている。

「最長片道切符の旅」

  宮脇俊三の紀行文第二作である。1979年に新潮社から刊行された。この旅は1978年であり、旅行後に宮脇が乗った路線や列車の廃止が相次いだため、本書は後世からみて、当時の鉄道運行状況や沿線状況を記した貴重な記録になっている。

  中央公論社を退職した宮脇は、「自由を享受しながら制約をつくりだし、時刻表の楽しみを回復するにはどうしたらよいのか」と考えた末、広尾線広尾駅(1987年に廃止)から指宿枕崎線枕崎駅までを最長片道切符で旅することにした。1978年(昭和53年)10月13日に広尾駅を出発。最短距離2,764.2キロのところを13,319.4キロかけ、車内改札に来た車掌や改札口の駅員に驚かれたり、呆れられたりしながらの長い長い旅が始まった。

  前作同様、抑制の効いた簡潔な文章に風景描写や筆者が悪戦苦闘する様子を巧みに織り込んだ、宮脇の代表作の一つである。


  父親は戦前の有力な政治家、自身も編集者として名を上げつつ、50を過ぎて作家としてデビューした異色の経歴の持ち主。内田百の「用事がないのに列車に乗る」に通じるものの、こちらは時刻表を愛読し、様々な「縛り」の中でプランを立て、傍目から見たばかばかしさを自覚しつつも、ゲームを楽しむかのように遂行してゆくのが、鉄道ファンの嗜みそのものです。

  宮脇の原稿も冊子状にまとめられ、こちらは開かれた状態で展示されていましたが、その文面からも几帳面さが伝わります。もと編集者という経歴もあってか、出版されたときの体裁まで考えて書かれていたそうです。

  乗車した路線を赤い線で書き込んだ白地図が展示されていました。「時刻表2万キロ」で国鉄全線乗破を果たした後も、新しく開通した路線には乗りに行き、都度書き込んでいたようです。2003年に亡くなった当時に存在した路線で、未乗に終わったJR線は、宮崎空港線(1.4km、1996年開業)だけだったとのこと。

  展示品には、「最長片道切符の旅」で使用された「広尾→枕崎」の切符もありました。券面には駅名のスタンプがびっしり。降りる駅々で途中下車印を押してもらい、終盤には押す場所がなくなっていったというのがよくわかります。この切符、実は行程最終日の前日に期限切れとなってしまったのですが、枕崎駅の駅員に頼んで押してもらった「枕崎」の印が、真ん中の「→」の上あたりに認められます。作中では「うすぼんやりしていた」と表現されていますが、思ったよりはっきりと残っていました。

  宮脇は自分の談話などの載った記事をきちんと保管していたそうで、開かれていたスクラップ帳のページには「『阿呆列車』の衣鉢を継ぐ・・」の見出しの「呆」に「房」という訂正を書き込んでいました。「アホウの列車とはけしからぬ」と、編集者・宮脇俊三のお叱りが聞こえてきそうです。宮脇は内田百を、紀行作家の先達として、ちょっとした嫉妬を覚えつつも高く評価していたようです。

  こうして、日本中の鉄道路線を駆けめぐった宮脇俊三。無類の鉄道ファンとして、また文学に携わる者として、最高の形で人生の後年を送ったように思える一方、晩年は廃線跡や、夢敗れた未成路線を取り上げる著作が増えてゆきました。彼が追ったのは、消えゆく全国ネットワークとしての鉄道であり、その終焉と共に、語り部としての彼の役目も終わったといえるのかもしれません。

  ちなみに、私の母方の祖父は1924年生まれで近しい世代にあたり、同じ年に亡くなっています。宮脇が全国の国鉄路線を旅していた当時、祖父は国鉄の職員でした。そういう意味でも感慨深いものがあります。

  もうすこし続く

特別展「鉄道と旅と文学と」(6)

  特別展最大の見どころはやはり、「紀行文学」の草分けとなった、内田百、宮脇俊三両氏に関する展示でした。ただしこのブースだけは撮影禁止となっており、写真での紹介はできません。

  下記の茶色の説明はWikipediaからの抜粋。■は当該ページへのリンク。以下文中、敬称略とさせていただきます。

内田百(うちだ ひゃっけん、1889-1971) →。※「けん」は「門構えに月」。戦前には「間」が用いられていた模様。「」は機種依存文字なので、「間」で代用されている場合も。

  夏目漱石門下の日本の小説家、随筆家。本名は内田 榮造。迫り来る得体の知れない恐怖感を表現した小説や、独特なユーモアに富んだ随筆などを得意とした。後輩の芥川龍之介に慕われたほか、師である夏目漱石の縁故から夏目伸六と親交が深かったことでも有名。

  文学上の師匠に当たる夏目漱石や、琴、酒、煙草、小鳥、鉄道、猫、郷里(岡山)の銘菓大手まんぢゅうなどを愛し、それぞれについて多くの著作が残されている。 鉄道に関しては、「ヒマラヤ山系」こと平山三郎をお供に、全く無目的、ただひたすら大好きな汽車に乗るためだけの旅行を実行した鉄道紀行『阿房列車』シリーズなどがある。

「阿房列車」 →

  内田百が、1950年から1955年にかけ、相次いで執筆した紀行文シリーズ。全15編、単行本は『第一阿房列車』、『第二阿房列車』および『第三阿房列車』の全3巻。

  内田百は、鉄道に乗ることを目的として鉄道旅行を行うことを好んだ。鉄道に乗って移動すること自体を目的とする旅を行った。また、鉄道に乗車する際には、借金をしてまでも一等車への乗車を志向した。

  このようなスタンスで、青森から鹿児島に至るまで日本各地を往来した旅をしたためたものが「阿房列車」シリーズであるが、時に旅の本筋と関係ない回想が長々と挿入され、あるいは百自身の短編小説に見られる異様な非現実的現象の描写が語られることもあり、作者自身も紀行文というより“小説”と見なしていた模様である。

  阿房列車シリーズの第1作である「特別阿房列車」中の「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」という飄々とした一文は著名で、しばしば引用されることがある。


  このように、列車に乗ることを「手段」ではなく「目的」としてとらえた、いわば「乗り鉄」の元祖であり、「なんにも・・」の一文にそのスタンスが集約されています。現在のグリーン車は当時の「二等車」にあたり、その上に「一等車」がありましたが、利用の減少で1960年までに全廃。借金をしてまでそれを利用した内田百でしたが、阿房列車シリーズの最後は、格下げを前にした一等車のサービス低下への憤慨で締めくくられているとのこと。結果的に、一等車の終焉と共に「阿房列車」の旅も終わったわけで、戦後の鉄道事情の変化がかいま見えます。

  「阿房列車」の原稿を冊子状に綴じたものが展示されていましたが、巨大な図鑑のように嵩張る上に紙も古く、開いておくと傷んでしまうとのことで、閉じた状態で置かれていました。(内田・宮脇ブースは照明も暗めにされており、資料の保全にことのほか注意が払われていました。)

  なお、1952年の東京駅80周年記念に、百は一日駅長になっており、そのときの免状も展示されていました。

  私は「阿房列車」を含め、内田作品を読んだことはありませんが、機会があれば一読してみたいものです。

  続く。

晩秋(播州)の紅葉

  今日から12月。仕事のほうのサイトの更新に追われて力尽きたので、今日はこの1枚だけ。

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  月曜日に、龍野公園へ行ってきました。天気も良く、見事な紅葉を楽しんできました。

  Yahooの紅葉スポット案内を見ると、兵庫県内の名所はほとんどピークを過ぎ、今日の時点で「見ごろ」で残っているのは、出石城跡、須磨離宮公園、龍野公園の3カ所だけになってしまいました。

  こちらは、姫路文学館シリーズが一段落ついてから、順次取り上げたいと思います。

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