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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

お知らせ

  個人的事情により、当ブログ、ならびに「トラベラーズ ノート」の更新を、当面不定期とさせていただきます。

  状況の目処が立ちましたら、再開するつもりです。

  ご覧くださっている方々には申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いいたします。
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山火事と小赤壁

  昨日は高砂方面へ、ちょっとお出かけ。

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  姫路市との境に近い天川の鉄橋で、山陽電車を。

  背後の山から煙が上がっているように見えて、ありゃ何だろうと思っていましたが、その正体は→神戸新聞記事。山火事でした。結局翌日(つまり今日)まで燃え続け、100ヘクタール以上を焼いたようです。正月に降雪があった後、まとまった降水がなく、かなり乾燥した状態だったのでしょう。

  その後、姫路市に入り、姫路市街の東側にあたる「小赤壁公園」へ。山陽電車でいえば、的形と八家(やか)の間に山越えがありますが、その峠から海岸側に出たところにある絶壁です。

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  瀬戸内海が望まれます。かすんで展望はよくありませんが、良い時は淡路島、家島、小豆島なども望めるようです。

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  絶壁の下を見下ろす。高さ50mほどあるとのことで、今いる場所は海岸に沿って数百mにわたってそびえる絶壁の上部に位置します。なお、「赤壁」とは中国・長江流域の、「三国志」中で有名な赤壁の戦いの舞台。

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  実は小赤壁公園には十数年前に来たことがあり、そのときはこの展望台から海岸に下ることができました。ところが今は通行止め。落石の恐れがあるから、責任は持ちませんよという内容のことが書かれています。降りたければ自己責任で、ということのようです。

原稿用紙

  「もし、こうしてBLOGなどに書いている文章を原稿用紙に手書きしたら、どんなことになるか」。ふと思い立ち、1月17日の記事を、400字詰め原稿用紙に書き写してみました。

  原稿用紙など久しく使っておらず、もう10年以上何も書かずに残しておいたのがありましたが、端のほうが黄色く変色しかけていました。画面上で見るとそんな大した文章量には見えませんが、書いてゆくと結構紙面を使うもので、結局記事全体で2枚を埋め、さらに2行分が出ました。段落替わりでの空白もありますが、トータル約840字分だったことになります。

  こうしてみると、こうしてサイトやBLOGの運営をしていると、日々結構な量の作文をしているものだと気づきます。

  さかのぼって、学生時代の夏休みの宿題で一番悪戦苦闘したのは「読書感想文」。たいてい、休みの最後のほうまで残してしまい、せっぱつまってとりかかるので、なおさら難儀でした。ノルマの原稿用紙3-4枚分を埋めるため、段落の空白を多めにしようとセコイ真似もしていました(苦笑) こういうのをスラッと書ける人って、いったいどんな頭をしてるのか、と思えたものです。

  今こうしてパソコン上で打つ文章は、訂正や並べ替えが簡単にできて、作文のハードルは低くなりました。これを毎日原稿用紙に手で書けと言われたら、たぶん続かないでしょう。昔の読書感想文の苦労を考えると、隔世の感があります。

16年

  阪神圏の人間には決して忘れられない日が、今年も訪れました。

  1995年の1月17日。前日は友人たちと野球をしていて、筋肉痛になっていたのを覚えています。地鳴りのような響きが来たかと思うと、家全体を激しく揺さぶられるかのような震動。「地震か!?」と思いつつ、おさまるまで布団の中で息を潜ませていました。

  近隣で、建物の倒壊のような甚大な災害はありませんでしたが、本棚の本がまとめて落ちて、床に散乱していました。停電していたためラジオで情報収集を図るも、その時点では豊岡の震度5が最大で、神戸の震度が発表されていませんでした。設定されて初めての「震度7」に認定されたのは、後日のことです。

  停電から復旧したのが8時ごろだったと思われます。その後テレビにはあの、横倒しの高速道路や各所から上がる煙など、凄惨極まる神戸の姿が映し出されてゆきました。そして、時を追って恐ろしい勢いで増えていった、死者・不明者数。

  その後の混乱を挙げてゆけばきりがありませんが、この後しばらく、「日常」は戻りませんでした。やがて、ライフラインが回復し、物的な復旧は徐々に進んでゆきましたが、この大災害は、人の深層に癒しがたい衝撃を与えるものだったと思います。

  この時をきっかけに、災害に対する社会の取り組みは大きく変化しました。この16年間にも、さまざまな災害が起きていますが、その教訓はかなりの程度、反映されているのではないかと思われます。ただ、社会そのものが各所で疲弊している昨今、そうした見えざる疲労が、災害への耐性を弱めて行くのではないかという懸念もあります。

  この地震を身近で体験した者として、この日は個人としても、物事を再確認するべき日なのかもしれません。当たり前の生活のありがたさや、安全に対する意識など、毎日のルーチンワークの中で見過ごされがちなことを、今一度見直してゆきたいものです。

寒波襲来

  年末から、気温の低い日が続いています。暖冬傾向の例年は、寒い日があっても長続きしないのが普通でしたが、この冬は一変。昨夏の酷暑から、これまた両極端な展開になっています。

  今年は正月早々積雪に見舞われるスタートでしたが、明日あたりまたしても、強烈な寒波の訪れる予想。気温がぐっと下がるだけでなく、風も強く、大荒れとなりそうです。

  今週末は大学入試のセンター試験のようですが、だいたいこの時期は天候が荒れたり、インフルエンザが流行したりといった厳しいタイミングと重なるもので、学生には酷な気もします。

  雪が降れば、普段見られない光景が見られる楽しみもありますが、今は体調管理の難しさが先に立ち、引きこもりがちになるのがつらいところ。なんとか無事に乗り切りたいところです。

冬晴れの青空3

  少し足をのばして、加古川下流へ。加古川を渡る山陽電車。

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  山電最古参のアルミ車編成。貴重な昭和30年代製です。

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  阪神電車も来ますよ。

字を書くこと

  最近ではワープロやパソコンなどで字を書くことが多くなっていますが、それでも手書きで書かねばならない局面はあります。

  読みやすい字を書きたい、というのは昔からの願望で、理想は「教科書のような字」。そんな風に書けたらさぞかし気持ちいいだろうなと思うのですが、なかなかそうもいきません。

  ペン字の練習帳を買ってちょっと頑張ってみた時期もあり、それまでと比べるとそれなりにまとまりがよくなりましたが、書いた後全体としてみると、やはりギクシャクした感があり、納得のゆく出来にはまずなりません。

  さて、あるときネットで調べていて、自分のペンの持ち方に難があることに気づきました。ペンを寝かせ、親指と人差し指に力を入れがちでしたが、その内容をヒントに、ペンを立てて親指と中指で挟むようにして、人差し指は添える程度にすると、だいぶ楽に書けることに気づきました。

  とはいえ、長年染みついた型の修正はなかなか難しいもの。放っておくとどうしても、慣れた方法に戻ってしまうので、意識して直してゆかなければなりません。その意味で、新しい方法は面倒なのですが、やはり多く書くと、正しいやりかたのほうが負担がかなり軽いことに気づきます。これは何事にもいえることでしょうが、そのことを自覚する域に達するまで、あきらめずに続けなければならないのだと思います。

  もっとも、持ち方を変えてみたからといって、字が劇的にうまくなるわけではありませんが(苦笑)

冬晴れの青空2

  引き続き、昨日の写真を。

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  市場~小野間にて。

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  JR加古川線、厄神~市場間。

冬晴れの青空

  ネタがない、と言っていましたが、今日は穏やかな晴天に恵まれ(そのぶん朝の冷え込みは厳しかったですが。いわゆる「放射冷却」ですね)午後から時間ができたので、ちょっとお出かけ。

  おなじみの美嚢川鉄橋ですが、川の水が引いて底のほうまで降りられたので、水面近い視点から。

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  この青空だとやはり、普通にきれいに撮れるものです。

ネタはありませんが

  冬場は写真を撮りに行く機会が少なく、特にこのシーズンはどこにも行かなかったので、BLOGのネタがありません(苦笑)

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  とりあえず、昨年のストックから。冬もこうして晴れ渡ると、なかなか気分のよいものです。ただ、今期は冬型の日が多いためか、割と雲の多い日が目立つという印象です。

潮時・・?

  今年の年末年始は、ほとんどどこへも行きませんでした。年始早々の厳しい寒さで喉をやられて、今も万全ではありません。

  それでも、あわよくば1月10日あたりに出かけようかと画策し、ネットオークションで「青春18きっぷ」の1回分を漁っていましたが、結局予算内で落とす事ができませんでした。これまで例年、冬期の18きっぷは1月20日まで有効でしたが、今季から10日までに短縮されました。間際になれば、余った分を放出する人が増えて安くなるだろうと踏んでいたのですが、そんなことはなく、タイムリミットとなりました。

  というわけで、冬の時期の恒例行事であった「雪見旅」、今回は見送りです。まあ、体調的に無理はできませんし、このたびは何が何でもという気持ちでもなかったので。春期になればまた考えるかもしれません。

  ただ、次のシーズンに、これまでどおりの形で18きっぷが発売されるかどうか、それ自体怪しい雰囲気があります。

  昨年はじめに、例年なら春・夏・冬3期分の発売予定が出されてきたのが、その時点では春・夏期のぶんだけでした。このため、いよいよ18きっぷ廃止かとの憶測も流れましたが、結局後ほど冬期分も発表されました。(12月の東北新幹線新青森開通に伴う在来線の第三セクター(青い森鉄道)移管との絡みがあったのかもしれません。)ただし前述のとおり、有効期間は短くなりました。

  もともと、国鉄末期の増収策の一環として登場した青春18きっぷ。近年、夜行快速の廃止や、新幹線開通に伴う並行在来線の移管などにより、JRの鈍行旅で距離を稼ぐのは、次第に難しくなってきました。JR各社の考え方の相違もあると思われ、廃止云々はともかく、見直しの時に来ているのは確かだと思われます。

  1982年に前身の「青春18のびのびきっぷ」として発売開始されてから、まもなく30年。文字通り「青春」の時代に活用してきた世代も、それなりに歳を重ねてきているわけで、いろいろな意味で「潮時」を迎えているのかもしれません。

機械発行でない「常備券」の青春18きっぷ
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今年の神鉄

  正月前後は寒さでやられて、ひきこもりの生活。1回くらいは神鉄の乗り放題切符で出かけようかなどとも考えていましたが、結局かなわずじまいでした。

  1月3日、ちょっと出かける用事があったので、ついでの一枚。

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  粟生線の経営問題がのしかかる神戸電鉄。今年は正念場の一年になるかもしれません。前の改正からこの春で2年になり、そろそろ次の改正となると、そこがひとつ、方向性を示すものとなるかもしれません。

新しい年に

  2011年を迎えました。本年もよろしくお願いします。

  「21世紀」の始まりが大々的に騒がれたのが、最近のことに思えますが、その21世紀もちょうど10分の1が過ぎたことになります。こうして1日、1ヶ月、1年と容赦なく流れてゆくわけですが、そのなかでなにか一つずつでも成し遂げてゆけるよう、大事にしてゆきたいものです。

  大晦日から、雪が降るか降らないかと言われつつ、降らないでいましたが、今日の夕方になってまとまった降雪がありました。まだ世間は正月休みですが、明朝の凍結のおそれがあるので、出られる方はご注意を。

  さて、昨年はこのBLOGで毎月「カレンダー壁紙」を公開していましたが、今年は中止します。代わって、「トラベラーズ ノート」で月毎に変えているトップ画像について、ここで解説を加えたいと思います。

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  2010年1月。青春18きっぷを使い、鈍行を乗り継いだ雪見旅。朝の新潟は暗く、重い風景。海側は大した積雪ではありませんが、少し内陸に入れば、豪雪地帯の本領が見えます。

  長野から直江津へ、妙高高原を越える信越本線。かつては特急も走っていましたが、1997年に長野新幹線が開業したときに、特急車を使った快速「妙高」に格下げされました。その後そのほとんどが各駅停車になってしまい、車輌以外、かつての幹線特急の名残は薄れています。

  勾配の続く区間を下り、新井駅に入ってくる直江津ゆきの「妙高」号。薄暗い雪道を照らすヘッドライトが、ひときわ眩しく感じられます。

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