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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

8月記事数12

  8月のBLOG記事が10を超えました。二桁は2011年3月以来、実に3年以上ぶりのことです。

  9月はまたしばらく忙しいので、ここ数日のような大盤振る舞いはできませんが、ぼちぼち更新できればと思います。
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15周年企画「15年の旅15選」(2)

  (1)から続く

5 子連れ鉄

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2003.3.21

  トラベラーズ ノートで一時代を築いた(?)「子連れ鉄」。目の怖いおやじさんとそのせがれ、その正体は、滋賀県長浜にある長浜鉄道文化館(現 長浜鉄道スクエア)にいらっしゃるこのお二方でした。

  長浜鉄道スクエアは、現存する最古の鉄道駅舎(旧長浜駅)を活用した展示施設。その完成は1882(明治15)年だとのことなので、2003年当時で既に120年の歴史があったことになります。お二方の姿は、その当時の一般的な旅行者のスタイルだったのでしょう。一方隣の一等待合室には、洋服姿の紳士と育ちの良さそうなお坊ちゃんの人形があり、一般庶民とは格差が付いています。子連れ鉄シリーズが続いていれば登場機会があったかもしれません。

  長浜鉄道スクエアに行かれましたら、ぜひご一緒に記念撮影をどうぞ。

6 FUJIYAMA

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2007.1.16

  御殿場線の沿線にて。十年の旅百景#73で上げているのと同じ時の写真です。冬晴れの空のもと、このときがこれまでに私が一番きれいに見ることのできた富士山です。

  日本を代表する山であり、「さくら(櫻)」とともに初の愛称付き特別急行の名ともなった「富士」。寝台特急廃止後、「さくら」は新幹線の名称として復活しましたが、「富士」は今もお蔵入り。次に日の目を見るとしたら、リニアが開通するときでしょうか。

7 都道府県ほぼ制覇

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2007.4.9

  北海道を含めほぼすべての都道府県を踏んだ私ですが、鉄道で行くことのできない沖縄県を除いて最後まで残っていたのが、意外にも愛媛県。「どんづまり」の四国は長らく後回しで、特に愛媛はなかなか行く動機付けのなかった場所でした。

  2007年になってようやく愛媛県に足を踏み入れる時が来ました。といっても鉄道でではなく、福山からバスに乗って、しまなみ海道経由で上陸したのでした。(まあ北海道も飛行機で行ったわけですが。)写真で対岸に見えるのが今治の町。その先は一応列車に乗りましたので。

  何はともあれこれで46の都道府県を制覇。沖縄が全く手つかずというのが、ある意味「鉄」らしいところです。

8 寝台特急、忘却の彼方に

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2008.3.13 大久保~魚住間にて。

  3月のトップ画像にも使った写真です。

  関西~九州を結ぶ夜行列車はこれまで何度か利用してきましたが、ついにその最後の生き残りだった「なは・あかつき」が廃止となりました。夜行列車に対するJRのやる気のなさは特に近年顕著でしたが、九州新幹線の全通を待たずになくしてしまうとは、正直意外でした。今春に「あけぼの」(上野~青森)が廃止されて、国鉄スタイルのブルートレインはすべてなくなってしまいました。

  ちなみにこの写真、先に構えようとしたところで先客から邪魔だと怒鳴られ、場所を変えて撮ったといういきさつがあります。そのため線路から少し離れての撮影でしたが、こうして朝日を交えて後ろ姿をとらえられたのは怪我の功名だったと思います。そしてこの直線区間、撮影の名所でしたが、今では写真など撮るなと言わんばかりにフェンスが張り巡らされています。

  (3)に続く。

15周年企画「15年の旅15選」(1)

  サイト開設15周年記念企画は特にしない、と書きましたが、クマ子に「せっかくだから何かすれば」と言われ、急遽立ち上げた企画「15年の旅15選」。

  10周年のときには「十年の旅百景」をまとめましたが、今回は特に、サイト開設から15年間(1999-2014)の中で、印象的だった出来事や転換点になった物事を写真で振り返りたいと思います。突発の企画なので何の準備もしておらず、付け焼き刃ですがおつきあいのほどを。

1 さよなら客レ

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2000.5.5 門司港にて。

  機関車が客車を牽く、というのは鉄道史始まって以来の列車の標準スタイルでした。輸送力の調整が利きやすく、機関車の付け替えでどこにでもそのまま入れるというメリットがありますが、日本では合理化や高速化の観点から電車や気動車メインになり、急速に廃れてゆきました。

  ワインレッドの50系客車は、ローカル用の旧型客車置き換えに貢献し、国鉄民営化のころにはまだ広く活躍していましたが、最終的には(快速「海峡」用に改造されたのを除いて)九州にわずかに残るのみとなっていました。「海峡」以外で私が唯一50系を利用したのが2000年のこのとき。軽快でどこか緩慢な走りに、客車ならではの味を感じました。

  九州の客車普通列車は翌2001年の秋に廃止され、JRから定期の客車鈍行はすべて姿を消しました。今や客車の寝台列車もほぼ全滅し、客車を使った旅客列車自体が絶滅寸前になっています。

2 いざ、北の大地へ

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2001.1.1

  日付を見ての通り、21世紀最初の日です。私にとっては、初めての飛行機、初めての北海道と「初」づくしの日でした。乗っているのは、今なきJAS(日本エアシステム)の旅客機。間もなく北の大地に降り立とうかというところです。

  私は数年前まで、ながらく冬の時期の「雪見旅」を恒例行事としており、どれもそれぞれに印象深いものでしたが、やはり北海道は別格というか、別世界でした。もっとも、北海道に足を運んだのはこの1回きりで、実際の滞在時間は1日もなく、十分に実感もないまま終わってしまったという感じです。

3 或る三陸の入り江

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2002.1.1

  仙台から仙石線、気仙沼線、大船渡線と海岸近くを北上し、盛からは第三セクター・三陸鉄道に。時はすでに夕刻。

  出入りの激しいリアス式海岸が続く三陸海岸。この入り組んだ地形が天然の良港となってきた一方、地震の際には津波に度々悩まされてきました。三陸鉄道は比較的新しい路線なので陸地の内側を突っ切り、なかなか海は見えませんが、写真のような入り江の風景が時々現われます。

  この穏やかな光景からは、その10年後に沿岸一体を襲うことになった大津波の猛威は全くイメージできません。おそらくこの入り江の有様も今では激変していることでしょう。三陸鉄道も甚大な被害を受けましたが、今年4月に全線復旧を果たしました。しかしこの旅で私が乗った路線の多くは、いまだ再開の目処が立たず、バス代行運転が続いている区間もあります。

4 現役レトロ

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2002.8.5

  チョコレート色の車両に足を踏み入れると、まるで戦前の世界に入ったかのような木製の内装。現にこの電車、70年近い歴史を持つ、現役最後の生き残りとなった旧型電車クモハ42001。何となく狭苦しい座席は、当時の人の標準的な体格がそのくらいだったということでしょう。これが博物館の置物ではなく、まだ現役ということに大きな意味がありました。

  最晩年は数キロの支線を1日5往復するだけの隠居生活でしたが、かつては京阪神で競合する私鉄と張り合っていたとのこと。しかしこの少し後に引退が発表され、翌春に現役を退きました。

  今にして思えば乗っておけば良かったと後悔する列車は数多くありますが、最後の夏、事実上のラストチャンスに現役のクモハ42に乗れたのは幸いでした。

  (2)に続く。

15周年!

  「トラベラーズ ノート」は、おかげさまで開設15周年を迎えることができました。ありがとうございます。

  弊サイトのスタートは1999年8月30日のこと。当時「YASのトラベラーズノート」としてインターネットという大海の片隅に誕生し、今も片隅で漂っています(笑)

  この間にネットが大幅に普及し、携帯電話が当たり前になり、デジタルカメラが写真撮影のスタイルを大きく変えました。この3つは「平成の文明の利器トップ3」と、私は勝手に名付けています。そしてその3つを兼ね備えたスマートフォンが、今や時代の先端になっています。このBLOGで上げている写真の中にも、スマホで撮っているものがいくらかあります。

  このサイトも私の気の向くままに大なり小なりの変遷を経て、今に至っています。最近では更新が滞っており、新鮮味がなくもはや化石の展示室のような状態ですが(苦笑)、それでも閉鎖することなくここまでこれたのは、一応「継続は力」ということになるのでしょうか。

  かつてのように周年記念企画をするわけでもありませんが、一応トップ画像にそれっぽいものを入れておきました。

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  開設当時の弊サイトのトップページを再現しました。(「YAS」を「YAKA」に替えるなど一部改変しています。)とてもチープ感が漂いますが、当時はこれでも‘頑張った’トップ画面でした。こんなところから15年の歳月を、自分勝手に感じています。

  このトップ画像は今日・明日の2日間限定で公開します。

  長らく続けてきた掲示板の中止については先にお知らせしたとおりですが、サイトの更新は今後も緩いペースになるかと思います。こちらのBLOGはひと月10記事を目指して更新を進めてゆければと考えています。今後ともよろしくお願いします。

【旅日記】関東の鉄道めぐり+α(7)

  (6)より

  大多喜駅を降りて、桜がきれいと言われる大多喜城に行くことにします。駅に着いたらひとまず高いところに登る、というのが私の「いつもの」旅のスタイル。ところがここに大きなワナが・・



  地図では駅裏のすぐのところにある(「県立中央博物館大多喜城分館」とある所)と感じたので歩いて行くことにしましたが、結構歩く羽目に。クマ子不機嫌に。

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  このとおり桜はきれい。ただまあ特別に、というほどではなく、一般的な城跡なみというところでしょうか。

  ここから歩いて駅に戻ると、クマ子更に不機嫌に。結局時間がなく、昼食などゆっくり取る間もなかったため、段取りが悪すぎるとおかんむり。せめて帰りはタクシーでも使えばよかったのにと。

  基本途中下車先では行き当たりばったり、食には重きを置かず、タクシーなど使ったことがないから、そんな発想すらない。こんな私の従来の旅行スタイル、一人旅では良くても、クマ子同伴でこれは大失態でした。

  そんな険悪ムードのまま、いすみ鉄道の旅を再開。このたびは新型のいすみ300形車両ですが、これまた満員。これより先、さらに山間の心許ない道へと進んで行きます。

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  沿線にはちらほらと撮影者の姿。

  困ったことに腹痛に襲われ、トホホな状態のまま列車はいすみ鉄道の終点、上総中野に。

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  この上総中野駅から先、別の線路が伸びており、これが小湊鐵道の路線です。(いすみ鉄道と小湊鐵道は一応側線1本でつながっていますが、列車の乗り入れはありません。)ここからバスで「養老渓谷」に行く予定にしていましたが、腹痛でトイレに駆け込む羽目になり、バスにも乗れずもはやグダグダ状態。さてここからどうすればいいのか・・・

  (8)に続く。

「トラベラーズ ノート掲示板」終了のお知らせ

  「トラベラーズ ノート」および「まくら木日記」をご覧くださり、ありがとうございます。

  さて、長らく皆様にご利用いただいていた「トラベラーズ ノート 掲示板」ですが、来たる9月をもって終了させていただくことにいたしました。

  まず、これまで多くの方々に書き込みをしていただき、盛り上げていただけたことに心よりの感謝を申し上げます。これらお寄せいただいた情報が皆様のお役に立てたなら嬉しいことですし、私自身では知り得ない情報も数多くお寄せいただき、 サイトの充実化のために大変参考にさせていただきました。

  しかしご存じの通り、最近「トラベラーズ ノート」の更新が滞っており、掲示板の管理もままならない状態になっていました。こうした状況で掲示板を放置状態にすることには申し訳なさを覚える一方、皆様からいただいた情報の蓄積は貴重な財産ですし、情報交換の双方向性を保つ意味でも、閉鎖という判断を下すことには躊躇を覚えていました。

  ただやはり現状で責任を持って掲示板を管理するのが難しい以上、どこかでこの決断を下す必要があるのではないかと考えました。

  これまでにお寄せいただいた情報は、何らかの方法で引き続き公開できるような形を取りたいと思います。

  重ねて、これまでの掲示板のご利用、本当にありがとうございました。

ディスプレイ新調

  これまで使っていたパソコンのディスプレイ↓

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  中古で仕入れたものを長らく使っていましたが、ここのところ画面のちらつきがひどくなり、発色も悪くなってそろそろ限界の様子。というわけでクマ子とともにパソコンショップに行って、中古ディスプレイを物色。

  で、買ってきたのがこちら。

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  あれ? また耳がついてます(笑)

  自分としては初めてのグレア(光沢)液晶。フラッシュの反射が映り込んでいます。画面を見ての第一印象は「まぶしっ!」そして「鮮やかっ!」

  さすがに写真などを映すと綺麗です。根詰めて作業するには、反射がギラギラしていて疲れるかもしれませんが、まあこれも慣れでしょう。

【旅日記】関東の鉄道めぐり+α(6)

  (5)より

  大原から、第三セクターのいすみ鉄道(大原~上総中野)と私鉄の小湊鐵道(上総中野~五井)を乗り継いで房総半島を横断します。両者とも、この時期は菜の花が咲き誇り、沿線風景に期待が持てます。大原から五井まで、途中下車可能な「房総横断乗車券」を使用します。

  のどかなローカル線の旅を期待していたのですが、大原駅のいすみ鉄道駅舎に入って愕然、人、人でごった返しています。もともと赤字でJRから切り離され、利用者が少なくて近年まで存在議論が交わされていた路線と思えない大盛況です。小ぶりな「いすみ200形」気動車は満員。菜の花シーズンを甘く見たか。

  というわけで、クマ子とお菓子を食べながらのんびり車窓の自然を愛でる、なんて訳にはゆかず、車両後方で景色を見ながら立ち席で過ごします。ごめんよクマ子。

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  上総東にて、同じいすみ200気動車の試運転列車とすれ違い。菜の花に合わせたかのような黄色い車体に、ムーミンの絵柄。いすみ鉄道の「売り」の一つがこのムーミンキャラです。

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  桜と菜の花が咲き誇る沿線風景。私が関東に住んでいれば、何度も足を運びそうなシチュエーションで、現に沿線にはカメラを構える人たちの姿が多数。目立った観光地や集客施設がなくて苦労してきたいすみ鉄道ですが、「何もない」のを逆手に取り、玄人好みの味ある路線になりました。しかしまあ、時期が良かったというか悪かったというか。

  拠点駅の大多喜で途中下車。

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  併設の車庫には、ちょっと場違いな車両の姿。

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  少し前まで、JR大糸線で活躍していたキハ52。今月のトップ画像に使われているコレです。大糸線を引退するにあたり、いすみ鉄道が引き取って休日中心に観光列車として走らせています。今回は運転日ではないので乗ることはできませんでしたが。

  すでにJRからは全面撤退になったレトロ車両に、首都圏近くで会える(しかも周りは自然豊か)という、これまたファンの心をくすぐる仕掛けです。ちなみに、いすみ鉄道に移ってきた段階で写真の塗装に変更されましたが、現在では朱色一色のいわゆるタラコ色に変わっています。

  (7)に続く。

【旅日記】関東の鉄道めぐり+α(5)

  (4)より

  2012年春の関東旅行、二日目(4月10日)です。

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  この日もさわやかに晴れてくれました。眼下には中央線(写真に写っているのは総武線の電車)。ビルの裏に見える白い物体は東京ドームです。

  今日はクマ子に私の趣味に付き合って貰う格好で、千葉の鉄道を巡ります。房総半島方面は私のこれまでの鉄道趣味の中でも空白地帯。地形的に袋小路なので、敢えて足を運ばないと行く機会がないんですね。

  とりあえず飯田橋から総武線の電車に乗ります。イスがたたまれて全員立ち席の6ドア車両。ある意味公平ですな。

  昨晩ライトアップされていた東京スカイツリーを横目に見ながら錦糸町へ。

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  錦糸町から上総一ノ宮行きの電車に乗り換えます。ここはやはり記念すべきクマ子との初旅行、ということで、奮発して?グリーン車を利用します。

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  実はこれだけ列車の旅をしてきていながら、グリーン車に乗るのは生涯初めて。自分一人なら惜しむところですが、なんたって今回はクマ子というVIPがいますので。2階建て車両の、もちろん2階のほうに乗ります。

  普通電車にグリーン車があるのは関東独特ですが、座席の設備は、2階建てと転換クロスシートが目を引くほかは、大したことありません。それだけ「座れる」ことに追加料金を払うだけの価値があるのでしょう。(もっとも、首都圏のグリーン車は自由席であって座席が保証されているわけではなく、万一座れず普通車に移れば払い戻してもらうことになります。)

  東京に背を向けてゆくことになるので次第に客は減り、千葉からは外房線に入り、蘇我を過ぎると急に田園風景になります。関東平野はひたすら都会が広がっているというイメージがあるのですが、房総方面は意外と田舎が近いという印象を受けます。

  錦糸町から1時間余、グリーン車に乗るのは二人だけになり、終点上総一ノ宮へ。15両編成から4両編成へ、約4分の1の電車に乗り換えます。線路も単線になり、すっかりローカル線の雰囲気。

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  大原で外房線を降り、ここからいすみ鉄道と小湊鐵道で房総半島を横断します。

  (6)に続く。

【旅日記】関東の鉄道めぐり+α(4)

  (3)より

  新横浜で新幹線を降りて、JR横浜線に乗り継いで横浜へ。ここから相模鉄道の急行に乗って海老名(えびな)へ向かいます。相模鉄道は当時、大手私鉄では珍しく「特急」の存在しない鉄道でした。(2014年春から「特急」が登場。)初めて利用する相模鉄道でしたが、車両がちょっと古くさい感じがしました。沿線の桜は満開。神戸辺りよりちょっと開花が進んでいる感じです。

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  海老名から小田急線に乗り換えます。関東の私鉄はほとんどが未乗で、この小田急も初めてですが、その狙いはズバリ、「ロマンスカー」。もちろん乗るからには前面展望の利く先頭車でなければ、というわけで予約を取っています。海老名に停まる便では展望席が空いていなかったので、乗車は町田から。

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  新宿までの半時間ほど、前面展望を満喫。座りながらの「かぶりつき」、これぞ醍醐味。

  複線が途中から複々線になり、次第に都会に入っていきますが、最後は再び複線になり、地下に潜って新宿に到着します。実は車内でオリジナル弁当を購入したのですが、時間が中途半端なのでそのまま持ち越します。

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  VSE50000形車両。私鉄でこれだけ力のはいっている特急はなかなかありません。

  今日の宿泊地は飯田橋のホテル。新宿駅の人波に流されつつ、なんとかクマ子とはぐれないようにしながらJR中央線に乗り換えます。個人の旅行でも何度か乗り換えしている新宿駅ですが、ここはいつもいつも人が多い。都心のスケールの違いを実感する場所です。

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  市ヶ谷付近ではこんな風景。普段なら特に見栄えのしない都会の光景だと思いますが、やはり桜があると華やかです。

  ホテルに着き、買っていた弁当をいただきます。

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  VSEをデザインした「ロマンスカー弁当」。容器がさっき乗ってきた車両そのものです。内容は・・少ないですね(汗) 容器は記念に持ち帰りました。

  夜になり、ホテルの窓の外を見ると・・

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  なんだこりゃ?

  実は予備知識がなかったのですが、これぞ開業前の東京スカイツリー。この晩は折良くライトアップの試験点灯をしていたようです。スカイツリーはこの年(2012年)の5月22日に開業しました。

  (5)に続く

新・新カメラ

  先日、初期不良で交換になったカメラですが、送り返した翌々日にはAmazonから代替品が届きました。対応早いですね~。

  しかしその後忙しくてなかなかカメラを触る暇がなく、アップできるような作品もまだありません。本格的に撮りに行けるのは9月になるかな・・。

  とりあえずは部屋の中のクマワールドを1枚。

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  写真立てには本当はクマ子とのツーショットが入っているのですが、リラックマさんに代わりに入って貰ってます。

【トップ画像】2014.8

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  2009年夏に敢行した信州縦断旅行。そのハイライトとなったのが大糸線の北端区間でした。長年国鉄ローカル気動車の顔として活躍してきたキハ20一族の生き残り、キハ52の3両がこの区間で最後の活躍をしていました。

  荒涼とした姫川沿いの谷、陰鬱な空模様、夕刻迫る時間帯。足音を響かせて鉄橋にさしかかったのは、キハ52 125。古参気動車の孤独な歩みに、ぐっとくるものがありました。

  大糸線のキハ52は翌春に置き換えられ、JR路線でのキハ20系列の歴史に終止符が打たれました。ただし写真の125号は千葉のいすみ鉄道に引き取られ、観光列車として再び活躍しています。移籍後は赤とクリーム色の「一般色」、その後朱色一色のいわゆるタラコ色に変更されており、奇しくもこの125号は、大糸線に最後に在籍した3両のカラーリングすべてを経験することになりました。