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トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

【トップ画像】2016.10前半

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  昨年10月の体育の日に、岡山方面へ出かけました。ちょうど倉敷の水島臨海鉄道で鉄道の日記念イベントが行われる日で、特に注目されたのは、すでに一線を退いているキハ205の特別運転でした。

  水島臨海鉄道は国鉄からキハ20形気動車を12両譲り受けて運行していました。2002年9月には赤穂線開通40周年イベントとしてキハ203がJRに貸し出され、国鉄塗装(赤とクリーム色のツートンカラー)で走行。その後10月の鉄道の日(14日)に倉敷を訪れると、そのカラーのまま水島臨海鉄道を走っており、予定を変更して浦田まで乗車しました。(旅日記) そのときも鉄道の日の特別企画としてサイトで告知していたようですが、特に盛り上がっていた様子ではなく、キハ203の車内もガラガラでした。

  それから13年。その間に水島のキハ20は5号機1両を残して引退、キハ205も通常は運行されない「殿堂入り」の車両となっていました。年に数回のイベントでのみ登場するレア車両となり、今回は巡りよく乗車する機会を得たのでした。

  それだけ注目度も格段に上がり、トップ写真の右側のようなファンの群れが随所に。私も水島→球場前→浦田と乗車しましたが、この1両に満員の乗車がありました。

  水島臨海鉄道サイトによれば、今年は10月16日にイベントを開催する模様。キハ205も登場しますが、乗車するには当日倉敷市駅で発売されるフリーきっぷが必要になるようです。7:30からの発売で先着120名。結構な激戦となりそうです。

  キハ20系列はJRには既に現存せず、水島のほかにはひたちなか海浜鉄道(JR西→水島→ひたちなかへ移籍、車番は同じくキハ205)、いすみ鉄道(JR大糸線のキハ52 125を観光列車用に譲渡)に残るのみとなっています。保守の問題から定常的な運転はもはや難しいようですが、こうしたイベント列車として少しでも長く残ってほしいものです。
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【トップ画像】2016.9後半

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  9月後半のトップは四国の土讃線小歩危駅。

  四国は比較的小さな島ですが地勢は厳しく、特に香川から高知へと四国山地を越える土讃線は、切り立つ山々を両側に見ながらひたすら深い谷間をゆきます。停まるのは普通列車だけですが、途中坪尻、新改という2つのスイッチバック駅もあります。

  その中でもハイライトとなるのが大歩危・小歩危で、徳島を河口とする吉野川の上流にあたり、列車はその谷を辿るように進みます。ただしトンネルや樹木に阻まれて、意外と車窓からはあまり渓谷が見られません。

  特急「南風」「しまんと」はJR四国の誇るハイパワー気動車2000系で運転され、この土讃線を力強く走りますが、普通列車はロングシートの簡素なキハ32。風情はあまりありませんが、四国らしいのんびりダイヤで特急に道を譲りながら進んでゆきます。

旅日記改訂中

  現在、少しずつではありますが「旅日記」の改訂を進めています。

  更新履歴上は6月から更新の止まっている弊サイトですが、画像差し替えやアイコン追加程度の更新は履歴に含めていないためで、一応新スタイルへの移行は徐々に進めています。

  ちなみに現在は、2001年1月の「2001年北海道の旅」を制作中。これまで旅日記を途中放棄した状態で公開していましたが、最後まで完成させるべく執筆中です。

  とはいえなにぶん文章をひねり出すのに時間のかかる私、しかも15年も前の旅ですので記憶を辿るのにも時間がかかっており、なかなか進んでいないのが現状です。当時のノートや撮影したビデオを見返しながら、ちょっとずつ制作を進めています。今月中に更新できたらと考えています。

  2001年の旅行は私にとって、今までのところ一度限りの北海道旅行です。ご存じの通り、その北海道が今、台風の相次ぐ襲来で大変なことになっています。JR北海道の経営の厳しさはすでに抜き差しならない状態で、駅や路線の廃止や車両の削減などの窮余の策が打ち出されていますが、それにダメを押すかのような甚大な被害が出ているようです。熊本地震で被災した豊肥本線(JR九州)や、廃止の方針となった三江線(JR西日本)、そして未だ復旧しない只見線(JR東日本)のことも当BLOGに書きましたが、北海道の問題はそれらより更にスケールが大きく、まさに社の命運を左右しそうです。

三江線、廃止へ

  島根県の江津と広島県の三次を結ぶJR三江線が、来年9月をもって廃止される模様です。

  JR西日本管内では、広島県の可部線可部~三段峡間46.2kmが2003年に廃止されていますが、全長108.1kmに及ぶ三江線は、それを上回る規模の路線廃止になります。

  三江線は江津側で山陰本線に、三次側で芸備線に接続し、一応山陰~山陽の連絡路線のかたちを取っていますが、その目的で利用されたことはありませんでした。1920年代から両側より建設されてゆきましたが、ようやく1975年に全通したときには既に鉄道は斜陽化、不採算路線の整理縮小が叫ばれつつあった時代で、当初から時代錯誤な存在だったと言わざるを得ません。

  バイパス線としての機能もなく、観光資源もなく、純然たるローカル線として細々と生き残ってきた三江線ですが、乗客は減る一方(JR西日本によれば、平成26年度の輸送密度※はJR発足時の約9分の1に過ぎない50人)、しかも江の川に沿って進む性格上度々災害に見舞われ、今後も状況が良くなる見込みがない中で、廃止は自然の成り行きだったのでしょう。自治体も受け入れる方針で、それなりに反対運動のあった可部線の場合と比べ、静かな幕引きとなりそうです。

  ※輸送密度:その路線の1日1kmあたりの輸送人数。

  実は私は三江線に乗ったことがありません。乗り通せるのは実質上り下り各3便しかなく、時間帯も悪くて片手間で乗りつぶせるダイヤではなく、かといってそれを目指して行こうと思えるほどの魅力もなかったため、結局西日本最後の砦として残ってしまいました。このまま乗ることなく終わってしまいそうです。

  ローカル線は自然に近い分災害のリスクとも隣り合わせ。JR東日本管内では、三江線より輸送密度が小さかった岩手県の岩泉線が、災害から復旧できないまま廃止に至っています。三江線と双璧をなす(と私が考える)長大ローカル線・只見線も、2011年の豪雨災害から一向に復旧せず、会津川口~只見間でバス代行が続いている状況。

  ますます減る人口と増える災害。自治体に支える余力もなく、1980-90年代以来の不採算路線淘汰の波が、間近に迫っている気がします。

【トップ画像】2016.9前半

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  朝日を受けて輝くボディ。稲穂の絨毯の上を駆けてゆく新幹線。

  この列車が「みずほ」ならベストマッチだったのですが、残念ながら「さくら」です(苦笑)

  最近旅行に出かけることが少なくなった代わりに明石界隈で写真を撮ることが増え、こうして選ばれる写真もこのあたりのチョイスが多くなりました。

  今年もこのエリアの稲穂が色づき、様々な列車との組み合わせで楽しませてくれそうです。ただそれを撮りに行けるだけの余裕があるかどうか…

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