FC2ブログ

トラベラーズ ノート まくら木日記

日記・雑記・駅々めぐり。

和気の藤を見る

  一昨日(26日)、所用で岡山へ行く機会があり、その道中、和気(わけ)町の「藤公園」に立ち寄りました。

  全国から集められた約100種類の藤が一堂に会するという「藤公園」。例年ゴールデンウイークの頃に「藤まつり」が開催されるそうです。今年は4月29日からの開催で、その期間中は入場有料になります。

  この日は生憎の雨模様、しかも藤の見頃はまだまだでしたが、まだ入場料は取られないので、ダメもとで入ってみました。

170426 (18)

  全体的に開花はまだまだという感じでしたが、一部の種類は咲き始めています。

170426 (32)


170426 (24)

  しっとりとした感じ、これはこれで風情があります。

170426 (35)

  ピンクの藤とは珍しい。

170426 (65)

  色の対比を。

170426 (53)

  白い花。

170426 (57)

  これが全体に咲き出せば壮観なのだと思いますが、シーズン前でまだ来訪者がほとんどおらず、おかげでかえってじっくりと見物&撮影ができました。

  おまけ。

170426 (73)

  雨の中力走する特急「スーパーいなば」。2両というのが特急らしからぬ短さ。平たい顔に色つきの板を張っただけという「手抜き顔」がJR西日本で流行っていた頃の所産です。
スポンサーサイト

民営化30年今昔 (3)福知山線・後編

  この記事を書いている4月25日は、あの宝塚線(福知山線)列車事故の日。2005年の事故発生から12年が経過しました。乗客106名が亡くなり、500名以上の負傷者(重度の後遺障害を負った人も少なくない)を出す大惨事でした。

  この事故は運転士(死亡)による速度超過が原因とされていますが、その要因はJR西日本の懲罰的教育や無理なダイヤ編成からくるプレッシャーであったといわれています。後者は特に私鉄との競合区間で顕著であり、20年ほどの間に急成長を遂げた福知山線でこの事故が起きたことは、まさにそのひずみを露呈するものでした。

  「安全」という輸送事業の根幹をおろそかにしたJR西日本の社会的信用は当然ながら失墜し、以降は安全を殊更に優先する姿勢になりましたが、払われた犠牲はあまりにも大きなものでした。

  事故後福知山線は不通が続き、再開は6月19日のことでした。

050509_207a.jpg
宝塚以北では普通のみの暫定運行が行われた

  この事故を機に117系が福知山線を離れました。また、事故車両(207系)のイメージを払拭すべく、事故後に登場した321系はラインカラーをオレンジとグレーに変更、のちに207系も同様に変更されました。

060515_207a.jpg
デザイン変更された207系

  様々な車両の姿を見ることのできた福知山線でしたが、順次新型への統一化が進み、現在では主に丹波路快速・快速用に223・225系、新三田(一部篠山口)以南の普通・快速用に207・321系が使用されています。

170103_223b_201704252222361f7.jpg
223系丹波路快速

170103_321b.jpg
321系

  篠山口~福知山間には短編成化された113系(3800番台)が使用されました。先頭部を新設するにあたり最小限の工事で済ませ、なんともいえない顔になってしまいました。

080616_113b.jpg

  そんな「サンパチ」も2008年に223系5500番台に置き換えられました。

101002_223b.jpg
ワンマン運転も行う2両編成の223系

  こうして快速・普通がJR世代に置き換えられた後も、特急「北近畿」は国鉄世代、しかも北陸からのお下がりの183系という皮肉な状況が続いていましたが、2011年3月についに新型車両227系が投入され、同時に愛称が「こうのとり」に変更されました。ただし一気に置き換えられたわけではなく、引き続き183系も使用されたほか、暫定的に381系もかり出されました。

110329_287c.jpg
「こうのとり」に導入された287系

110530_381a.jpg
381系も「こうのとり」に使用された

  183系は2013年に運用終了。これをもって、485系の流れを汲む車両がJR西日本から姿を消しました。その後も、再び「こうのとり」に起用された381系が国鉄スタイルで走行していましたが、北陸新幹線開業で余剰となった「しらさぎ」用683系を直流改造した289系に置き換えられて、2015年に運用を離れました。

170103_289e_20170425225355025.jpg
289系「こうのとり」と225系「丹波路快速」

  こうして辿ってみると、福知山線の30年はまさにJR西日本の30年間の縮図であったといえそうです。

さくらざんまい(6)

  4月14日。そろそろ桜も散りだしていましたが、まだ週末にかけて花見ができる程度に残っていました。

170414 (5)

  この日は仕事で三木に。仕事が一段落ついた後、美嚢川河川敷で何枚か写真を撮る。

170414 (3)

  ここの木々も年季が入っていて結構立派です。

170414 (12)

  晴れ空の下、鉄橋にやってきたのは6000系。風景とのマッチングという点では、銀ピカのステンレス車両はちょっと弱い。

  その後移動して…

170414 (17)

  広野ゴルフ場前~志染間の直線区間にて。桜と菜の花を交えて撮れるお気に入りポイントです。3月のダイヤ変更で日中の急行がなくなり、粟生線はラッシュ時以外は再び普通か準急だけになりました。

170414 (19)

  折り返してきた同じ編成(1105F)。やはり自然の風景には銀ピカより塗装車両が似合うんですよね。

  夕方に地元に戻って近場で撮影。

170414 (43)

  今年の桜(ソメイヨシノ)は結局、開花から2週間近くもってくれましたが、翌週明け(17日)の嵐でついに大方散ってしまいました。それでもいろんな場所でいろんな撮り方を試してみることができて満足度の高いシーズンでした。

さくらざんまい(5)

  桜巡りの翌日(4月13日)、某公園に夜桜を見に行きました。

  前日、日岡山公園には夕暮れ時までの滞在だったので、完全な夜ならどんな写りになるだろうかと思ってのトライです。

170413 (16)

  一眼レフを三脚で固定しての撮影。街灯に照らされる桜の花。

170413 (17)

  見上げた様子。花は既に散りかけて、葉っぱが出始めています。

170413 (23)

  おぼろ月が空に。うまく写りませんでした。

170413 (27)

  引き気味に。

170413 (29)

  最後のコレはiPhoneカメラでの撮影。固定はせずフリーハンドの撮影ですがまあまあそれなりに撮れています。iPhone恐るべし。

さくらざんまい(4)

  神戸市および三木市にて桜を求めて巡ってきた4月12日ですが、午後から晴れてきたので余勢を駆って、夕方から加古川の日岡山公園へ。

170412 (107)

  メイン通りには屋台が出ています。

170412 (111)

170412 (128)

  夕日に照らされる桜の花。午前中の曇り空とは打って変わって、すっきりした晴れ空になりました。

170412 (115)

  展望台があるとのことで歩いて向かいます。道中には山ツツジの花も。

170412 (134)

  展望台そのものはあまり眺望がよくありませんでしたが、一角からは加古川線がちらりと見下ろせました。ちょうど電車がやってきたのでキャッチするも、シャッター速度が遅い設定になっていて肝心の電車がブレてしまいました。機会があればまた挑戦したいところです。

  日が傾き、薄暗くなってきたので引き返します。

170412 (146)

  木漏れ日の夕日をバックに。

170412 (160)

  陽が沈み、夜桜の様相に。日岡山公園では夜になるとぼんぼりでライトアップされます。

170412 (164)

  桜をめいっぱい堪能した1日でした。

さくらざんまい(3)

  親族と別れた後、三日前に桜を撮影した場所へ。

170412 (83)

  空はすっかり晴れて青空と桜のコントラストがくっきり。花も満開に。

170412 (84)

170412 (96)

  雨でも思ったほど散ることなく、三日前より花のボリュームが増した感じがします。

170412 (99)

  よく見ると空に鳥が飛んでいます。花の勢いがよい。

170412 (95)

  足下にはこれまた春らしい光景が。

【トップ画像】2017.4後半

top1704b.jpg

  2010年の桜巡りの際に立ち寄った、西宮の夙川(しゅくがわ)。阪神間屈指の桜の名所であり、浜側から阪神香櫨園、JRさくら夙川、阪急夙川の各駅がこの川近くに位置します。昔幼少期に、香櫨園で下車して家族で花見に来た記憶があります。

  JRさくら夙川駅は、2007年に西宮(さくら夙川開業と同時に西ノ宮から改称)~芦屋間に設置された駅で、地名以外で「さくら」という名称を付した駅は、おそらく初めてではないかと思われます。それだけ桜で名高い夙川は、河川敷にずらりと桜の木が並び、しかもそれぞれが年期を経た立派な木々で見応えがあります。

  鉄道写真の撮影地としても有名だそうで、桜の時期はその手の撮影者でも賑わうらしい。というわけで私も、鉄橋の南側に位置する国道2号の橋から電車の横顔を。電車そのものはありきたりの207系ですが、桜とのコラボはやはり絵になりますね。

100408 (179)

  こちらは上流側から207系普通。水鏡。

100408 (177)

  さくら夙川駅に近い所なので、普通電車だとスピードが出ていなくて楽なのですが、快速はこのとおり行き過ぎてしまいました。ああヘタクソ(ToT)

  さて、今年の桜は思ったより長持ちしてくれて、十分堪能させていただきましたが、今日(4月17日)の嵐でついに散ってしまいそうです。これからの「旬」は新緑や八重桜に移ってゆきます。

さくらざんまい(2)

  4月12日、呑吐ダムのダム湖を訪ねた後、4月初めに訪れた三木の防災公園にも立ち寄りました。

170412 (38)

  さきほどと比べて空が幾分晴れてきました。4月3日にはまだ全然咲いていなかったソメイヨシノが満開に。そのかわりモクレンは跡形もなく散っていました。

170412 (49)

  背後に見えるのは丹上山。

170412 (59)

  空の雲が切れてくれそうなのでそのタイミングを待っていたのですが、なかなかうまく太陽が出てくれず、花に日が射しません。

170412 (63)

  濃淡の演出。

170412 (64)

  帰り際に、やっと日が射してくれました。

さくらざんまい(1)

  昨日4月12日、親族と出かける機会があり、一緒に桜を見に行くことになりました。

  行き先は「呑吐(どんど)ダム」。ダムそのものは三木市にありますが、ダム湖は神戸市北区から三木市にまたがっており、行ってきたのはダム湖の最上流側にあたる川沿いです。

170412 (7)

170412 (12)

  周囲には山がそそり立つ。これから新緑が美しくなりますが、まだ色があまりありません。

170412 (26)

  昨日までの雨で少し散りましたが、まだ踏ん張ってくれています。ただ残念ながら天気が回復しきらず、日が射さないのであまり映えません。

170412 (29)

  ダム湖を望む。天気の悪さも相まってくすんだ色の景色ですが、これから一気に鮮やかになってゆきます。

桜の季節2017

  今年の桜シーズンの天気の悪さをここでしきりにぼやいている私ですが、一昨日(9日)の午後に少し晴れ間がのぞいたので、桜の撮影に出向いてきました。

  すっきりした晴れ空というわけではないうえに、もう夕方近かったため、そこまで良い出来は期待できませんでしたが、ここを逃すともう今シーズンのチャンスはないかもしれないので、とりあえず挑んでみました。

170409 (6)

  薄日が射して照らされる桜の花。満開まであと一押しという段階です。

170409 (15)

  PLフィルターを使用し、空の青さを出そうと試みる。

170409 (17)

  地平近くに雲の層が広がり、面白い構図に。

170409 (22)

  ちょうど見頃に雨というのが残念。

夕暮れ列車 再び

  4月3,4日と素晴らしい好天が続き、ようやく桜が咲き出したのですが、その後は生憎の天気。来週半ばまで悪天候が続く模様で、今シーズンも「青空と桜」の景色は望み薄のようです。

  3月末に夕暮れの列車を撮影しましたが、これからしばらく良い天気が期待できそうにないので、4月4日に改めて出かけてきました。

IMG_6316.jpg

IMG_6318.jpg

  菜の花と新幹線。

IMG_6322.jpg

  EF65の牽引する貨物列車。「水鏡」にはなりきらず。

IMG_6330.jpg

IMG_6334.jpg

  前回と同じような構図ですが、日差しが前回より若干強い。こちらは幾分水鏡になりました。

IMG_6337.jpg

  3月の改正で、この時間に500系の「こだま」が走るようになりました。「EVA」でない普通の500系がかえって新鮮です。もう少し引きつけられればバランスが良かったのですが、新幹線の撮影はやはり難しい。

春、本番へ

  今日(4月3日)は一日を通して快晴の日和でした。風が強かったものの気温は上がり、ようやく春本番の雰囲気に。

  私はあいにく(?)一日仕事で出ずっぱりでしたが、仕事先の三木で桜(ソメイヨシノ)の開花が。

170403 (10)

  つぼみが徐々に膨らんできていたものの、あと一押しの暖かさがなかなか訪れず、4月に入っても開花が遠い雰囲気でしたが、今日の日差しを受けて待ってましたとばかりに開き始めた桜の花。

  それでも大半の木はまだつぼみばかりなのですが、行きに見たと同じ木が、数時間後の帰りに再び見ると明らかに色が変わってきているのがわかりました。寒さの中で溜め込んできたエネルギーが一気に解き放たれようとしています。

  せっかくのこの天候にもかかわらず、仕事の予定がタイトで残念な思いをしましたが、そんな中で三木の防災公園という場所を通りがかりましたので、そこで数枚をパチリと。

170403 (1)

  この時期はモクレンが美しい。厳密に言うと紫色なのが「モクレン」で、白いのは「ハクモクレン(白木蓮)」と呼ぶそうです。

170403 (3)

  真っ青な空をバックに引き立つ、清楚な白色。心が洗われます。

170403 (8)

  こちらは紫桜と呼ぶのでしょうか? ソメイヨシノと比べるとやや早咲きで、濃い色をした花です。

  以上は手持ちのiPhoneで撮影した写真ですが、トリミング・リサイズ以外の修正は一切していません。iPhoneカメラの高性能さに加えて、快晴という条件だと特に工夫しなくてもこれだけの写真が撮れてしまいます。

  さて、ソメイヨシノは開花から概ね1週間で満開を迎えます。しかしこれまでの経験からして、見頃は天候に恵まれないことが多いのです。

  4月の前半というのはまだ不安定な時期。今日のように暖かく気候の穏やかな日が続けば、桜は一気に開花が進みます。しかしその後は大抵雨が続くもの。例えば一昨年のシーズンは、ある程度咲いたころから散るまでずっと雨続きという最悪のパターンでした。そこまでひどくなくても、この時期は花曇りや荒れ気味の日が多く、今日のように青空と花のコントラストがくっきり出るようなチャンスは、シーズンに一度あればよい方です。(もちろん、それが自分のスケジュールと合うかという問題もあります。)

  で、今シーズンはどうかと言うと、現時点での予報によれば、やはりこのおなじみのパターン。今週後半は雨続きで、週末に花見をするのは厳しそうです。しかも気温はかなり上がってくるので、ピークが早めに来てしまう可能性もあります。まだ予報が出ていませんが、チャンスがあるとすれば来週前半くらいか…

民営化30年今昔 (2)福知山線・前編

  4月1日、JR発足30周年。

  近畿圏内のJR路線は、この30年間に大なり小なりの変化を遂げてきましたが、その中でも変貌ぶりが顕著だったのが、今回取り上げる福知山線です。

  国鉄時代の福知山線は、大阪近郊路線、また大阪から北近畿地方(福知山、豊岡方面)への幹線ルートであったにもかかわらず大きく立ち後れており、1980年代に入ってようやく電化が始まったほど。いわゆる「汽車ダイヤ」で旧型客車が幅を利かせ、宝塚まで並行する阪急宝塚線とは勝負以前の問題でした。

  1986年5月の時点で、福知山線の電化区間は尼崎~宝塚間にとどまり、大阪駅にはキハ181系の特急「まつかぜ」(当時は大阪~米子間)など、福知山線に向かう気動車列車の姿が見られました。

860504_181b.jpg

  同年11月までに全線電化と新三田までの複線化が完成。民営化を5ヶ月後に控え、ようやく近代路線としてのスタートラインに立った福知山線。

  JR化から1年経たずして、大阪~篠山口間に「JR宝塚線」(以下宝塚線)の愛称が採用され、大きく水をあけられていた阪急線に挑もうという意気込みが見て取れました。JR発足当初はL特急「北近畿」と夜行急行「だいせん」のほかは普通列車だけの運転でしたが、1989年から快速が運転を開始しています。

991011_113a.jpg
113系快速。福知山線は1999年の時点で全通100周年を迎えた

910325_117a.jpg
117系快速

  快速・普通用としては113系や117系が、独自の塗装で使用されました。また電化当初から103系が運用されており、当時は関西では独特の黄色塗装でしたが、後に神戸線などと同様の青色に変更されています。

  福知山線の第二の転機となったのが、1997年3月のJR東西線の開通、および篠山口までの複線化完成でした。これにより東西線を介して片町線(JR学研都市線)との直通運転が始まり、JR京都線・神戸線との連携も強化されました。

010212_207a.jpg
学研都市線から東西線経由で宝塚へ

  2000年には221系を使用した「丹波路快速」が運行を開始し、グレードアップが図られました。十数年前まで客車列車がのんびり走っていた路線が、今やアーバンネットワークの基幹路線として引けを取らない存在となりました。

020603_221a.jpg

  もとの103,113,117系に加えて、207系や221系といったJR世代が台頭、さらに京都線系統と共通の201,205系も入線し、この時期は最も多彩な顔ぶれでした。

020603_103a.jpg
この頃には103系は主にラッシュ時要員に

  一方特急はといえば、福知山線電化で183系電車による「北近畿」が運行を開始しましたが、その後非電化区間にも乗り入れるべく、キハ58系を改造した「エーデル」車が加わりました。また北近畿タンゴ鉄道(現 京都丹後鉄道)車両による「タンゴディスカバリー」(のちに「タンゴエクスプローラー」)も運行されました。

910325_65a.jpg
福知山線経由で倉吉まで運転された「エーデル鳥取」

  「エーデル」車は結局1999年に特急から退き、客車で運転されていた夜行急行「だいせん」の置き換えに回りましたが、その「だいせん」も2004年に廃止されました。

991002_DD51a.jpg
客車運転最終日の「だいせん」

030504_58a.jpg
エーデル車による晩年の「だいせん」

FC2Ad