三木駅の人出

さて、「時刻表2万キロ」などの著書で知られる紀行作家の故宮脇俊三氏の、「車窓はテレビより面白い」という本の中、「兵庫県の鉄道あれこれ」の項に、三木鉄道の乗車記があります。1986年11月21日、すなわち転換後1年半ごろの話です。
内容をかいつまんで紹介すると、
第三セクター鉄道は地元の支援や合理化で善戦しているケースが多い中、三木鉄道は加古川線への直通ができなくなったことなどが災いして、国鉄時代よりさらに客が減っている。(厄神には厄よけの宗佐八幡があるが、三木鉄道の不況を聞けば厄(わざわ)いの神とも読める、と。)
厄神11:50発のレールバスに乗車。客は氏を含めて5人。床下から突き上げるような振動が伝わってくる。
転換(氏は「民営化」と呼んでいる)にあたって努力はなされており、途中駅は3つから7つ、本数は13往復から19往復になっている。だが新設駅での乗降はなし。
三木駅前広場は往年の鉄道駅にふさわしいが、町はずれにあるのが不利。中心部にある神戸電鉄三木駅の活況を見て判官贔屓の気持ちになり、三木鉄道に引き返す。
三木駅12:32発に乗る。車両も運転士もさっきと同じ。客も6,7人。
宮脇氏はこのあと神戸市営地下鉄に乗車し、北条鉄道や三木鉄道と比較して、これから先の日本の人口分布はどうなるかと怖い気持ちになった、と締めくくっています。今こうして見返すと、23年間本質的に変わらなかった三木鉄道の姿を、その1度の訪問でしっかり描写されていたのだと、改めて感服させられます。

